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2021-08-19

カナダで転職して、プロダクトマネージャーからソフトウェアエンジニアに戻った。

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修士課程修了から4年半の間働いたトレジャーデータ (Treasure Data; TD) を8月13日(金)に退職した。インターンから数えるとちょうど5年のお付き合いになる。

そして今週から、Amazonのバンクーバーオフィスで Software Development Engineer - Personalization として働いている。学部の卒論で初めて推薦システム研究に身を投じてから7年、このブログでこれまでに最も読まれた記事『Amazonの推薦システムの20年』を書いてから4年。一周回って帰ってきたソフトウェアエンジニアリングと情報推薦の世界であり、今はシンプルに「人生分からんなぁ」という気持ちです。

おもひで

「20代のうちは専門性を固めずにいろいろとやってみよう」と偉い人は言うが、その意味でTDは素晴らしいファーストキャリアだった。むしろ「ここマジでファーストキャリアだったの?これ以上ってある?」という気分であり、まずは関わったすべての皆さんに感謝を。月並みだが、この4年半の間で本当に多くのものを得ることができた。

「スペシャリティは経験からしか得られないのだから、打算抜きでいろいろとやってみればいい」

これから働き始めるというタイミングでその一言を贈ってくれた某人には感謝してもしきれない。この言葉そのままに適応的になんでもやってきた結果、当時は想像もできなかったほど遠くまで来ることができたのだから。

ひとつひとつの仕事について語りたいことは山ほどあるが、主に「機械学習などの高度な技術を、いかにビジネス的に価値のあるモノに変換するか」というミッションの下にガチャガチャと動いた日々だった。

特に、エンタープライズ領域での機械学習のプロダクト化や、お客様の実データを目の前にした国内外でのコンサルティング業務が印象的。単にイケてるアルゴリズムを使ったり精度が高いだけではダメで、UI/UX、スケーラビリティ、説明可能性など様々な制約・要求の下に適切なソリューションを示さなければ誰にも使ってもらえない—そんな”当たり前”の現実を突きつけられた、非常に重要な経験だった。

また、いくつかのカンファレンス・論文発表の機会を通して、そのような学びやリアルな課題感を微力ながらもコミュニティに還元できたことは喜ばしい。

Armによる買収後はIoTという未知の領域での試行錯誤にも携わることができた。1年の半分を海外で過ごしながら、データ×実世界デバイスの融合によってもたらされる未来を多様な業界の数え切れないほどたくさんの方々に提案し、文字通り朝から晩まで議論を重ねた。

ところが皮肉にも、このようなエンジニアとしての一連の活動を経て得た最大の気付きは、技術それ自体はあまりにも無力であるという事実だ。そして、テクノロジーが真価を発揮するために必要な「デザイン」の持つ力に気付かされ、ユーザ・顧客を深く理解することの意義を経験的に学び、プロダクトを通して「ストーリー」を伝えることの重要性と難しさを痛感した。

それがきっかけでプロダクトマネージャーに転身してみたのだが、その仕事にはその仕事なりの難しさが伴っていて、自分はソフトウェアエンジニアリングという世界の外側を何も知らなかったのだなぁ、と思い知る。このあたりから「他者を尊重すること」を一層意識するようになって、価値観が大きく変わってきたように思う。

そしてコロナ禍。今、「なぜ」「何を」「どうやって」「誰に」届けるのかを問い直すことが必要だと考えている。

なぜ辞めたのか

資本主義に抗わず、欲に従って延々とお金や承認を追求し続けるのもひとつの生き方であろう。しかし「本当に大切なモノは何か」を問い続けた一年を経て、僕は絶対にその道を歩みたくないとの結論に至った。[...] 生きがいや安らぎ、充実感は、目の前の人やモノに集中して、それらを慈しむことによってのみ得られると身を持って知ったからだ。じぶんローカライズ元年:慈しみから生まれる深いつながりを目指して

そのような思考を経て辞めるに至ったわけだが、改めて言語化するのであれば転職の主な理由は次の3つ。

  • この会社、快適すぎ
  • 音楽性(ビジョン)の違い
  • スキルセットのミスマッチ感

何よりも、働き続けるにはあまりに快適すぎたことが最大の理由。

お金や肩書きという意味での“キャリア”、そんな条件で仕事を考えるならTDは最高の環境である2。しかし、ある一定の水準を超えると幸福度にお金は寄与せず、健康と家族、コミュニティがより強い影響を及ぼすという話は "The link between happiness and income" などのデータに端を発する様々な文献で語られている通りだし、限られた僕の人生経験もそれが概ね真であるということを物語っている。したがって、現職に留まることが必ずしも最良ではないとの結論に至った。

また、退職の可能性を示唆したときに「まだお前が必要だ」「どうすれば残ってくれる?」「不満があるのは金か?地位か?仕事内容か?」などと言われてしまい、(そのような配慮は素直にありがたいのだが)その「無条件で頼られる居場所がある」という事実が何よりも自分を不安にさせた。

自分の場合は<快適さ>や<慣れ>を実感することが一種のシグナル。周辺環境が非常に快適で物事がうまく回っているときや、物事への取り組み方が熟れてきて惰性にシフトしつつあるとき、ふと「あ、このままじゃいけない」と感じる。[...] そんなときには突然ドラスティックに環境を変え、舵を切る。「考えないこと」

長く在籍することで感覚は麻痺するが、数百人規模になった組織で自分一人いなくたって大して変わらないということは自分自身が誰よりもいちばん分かっている。その点について自分で自分を誤魔化すことはできないし、自分の人生における幸福を他人、ましてや法人に委ねるなど言語道断であると僕は思う。

2つ目に、音楽性の違い。パンデミックを経て、お金ではない、ミッション、ビジョン、あるいはパーパス(目的)を軸とした振る舞いをしたいという気持ちが非常に強くなった。

その基準で考えたときに、いまのTDが基盤とするマーケティング業界の仕事と自分の価値観をダイレクトに結びつけることがどうしてもできなかった。結果、日々の業務に「自分ごと」として取り組み続けるのが厳しくなり、それが一度立ち止まって考え直すきっかけとなった。

自分を含まないターゲット層へのメリットを期待している場合、あなたはそのプロダクト(あるいは市場)に何らかのビジネスチャンスを見出したのだろう。それは素晴らしいが、ユーザが真に欲しい物や解決したい課題に対する理解はどうしても浅くなり、どこまでいっても「他人事」としての問題解決に留まってしまう。僕らはなぜ、誰のためにプロダクトを作るのか─行動変容デザインとその倫理的側面

加えて、いかにもミレニアル世代的な物言いになってしまうが、社内でサステナビリティの「サ」の字も聞かない、利潤追求まっしぐらな世界観も退職を後押しした一因である。

最後に自身のスキルセット、あるいは会社のフェーズのミスマッチ感。

やはり僕は(少なくとも今この瞬間は)手を動かしてモノを作る側であり続けたいし、特に機械学習・データサイエンスが絡む場合においては、それが自分の価値を最大化できる仕事のひとつであると考えている。プロダクトマネージャー (PM) に転身してから学んだことは多いが、望んでいる「PM的な振る舞いをしながら手を動かす」という仕事は、枠に当てはめるのであれば『いい加減、プロダクトマネージャーという職業に幻想を抱くのはやめよう。』で触れたところの「イノベータ系PM」がせいぜいである。一方、TDという約500人から成るグローバル企業のプロダクトマネジメント組織は最低でも「グロース系PM」に相当し、もちろん個人として好き勝手やれるフェーズにはない。

ところで、書籍『サピエンス全史』で紹介されている「偶像崇拝・神話によって繋がる人間関係」という話がある。人類は150人が”噂話”で繋がっていられるグループの限界であり、それより大きな人数を束ねるには「法人」という神(偶像)の存在が必要である、と。図らずも、その事実をTDで目の当たりにできたことは面白かった。

僕が入社した当時は100人未満だった組織の規模が今となっては約500人。その成長の過程で日に日に失われる透明性、雲の上で成される意思決定に対する平社員の不安と疑念、増え続ける排他的コミュニケーションと信頼関係の欠如。これはきっとTDに限った話ではなくて、偶像を持たない同規模の組織が必ず通る道なのだろう。

対照的に、大企業。『サピエンス全史』ではプジョーの例が挙げられていた。同様に、たとえばAmazonでは「偶像としてのジェフ・ベゾス」は彼が宇宙に行ったあとも組織の核であり続けるし、その精神はLeadership Principlesという形で全従業員の行動の指針として語り継がれてゆく。

数十人ならみんなが好き勝手やってもそれなりに回るし、数千人ならすでに十分踏み固められた基盤が存在する。その中間が、おそらく一番むずかしい。

閑話休題。

PM業に関していえば、この仕事に専念すると1日の8割がコミュニケーションになり、代償として日に日に専門性が衰えていく感が拭えなかった。この1年半、頭の内側に汗をかくような経験は一度もなかったし、良くも悪くも「要領よく立ち回る」ことに長けていくばかりの自分がいた。

総じて、職場としては極めて快適であったものの、自身の思想との乖離が見られた直近の仕事にはある種の苦しさも伴っていた。そこで、先へ進むための前向きな選択としてサクッと辞めることを決めた。

なぜ大企業で、なぜエンジニアなのか

そんなわけで半ば衝動的な転職活動を経て、8月16日からはAmazonのカナダ・バンクーバーオフィスで Software Development Engineer - Personalization として働いている。キャリアの中で巡り巡ってもう一度推薦システム開発に携わる機会が訪れるなんて、自分でも全く予想していなかった。それもデモ論文を発表したRecSys 2018の開催地、バンクーバーで。

なぜ今、Amazonでソフトウェアエンジニアなのか。その理由は主に次の通り。

  • 最先端(?)の推薦システムの中身を覗きたい。その実態がメチャメチャ泥臭くて退屈であることは容易に想像できる。それでも好奇心は抑えきれず、この機を逃してはならないという直感があった。
  • 資本主義ど真ん中をいく大企業。その分すべてのアウトプットに責任が伴うし、小さなアクションが良くも悪くも大きな社会的影響を及ぼす。その内側に入ってみて、持続可能性と資本主義の両輪でまわる現実のあり方を問い直したい。本当に大企業はクソなのか?大企業にしかできないこともまたあるのではないか?
  • 先述の通り基本的には0→1(ゼロイチ)をやりたい人間なので、無制限に仕事が選べるのなら絶対にスタートアップで働きたい。だからこそ、「ビザの都合上、カナダで働き続けるならスタートアップは極めて困難」という今この時しか大企業を経験するチャンスはなさそう。
  • PMの仕事から学んだことは多々あれど、すべて特定の一社での経験に限られている。大企業で働くことで“本物のPM”の仕事を見てみたい。
  • 発散し続けた過去5年間だったので、改めてエンジニアとして、先1-2年くらいは1つのチームで目の前のプロダクト、機能、技術それ自体に集中してみたい。また、過剰な渡航(出張)によって環境負荷を助長したことについて少なからず思うことはあるので、今回の選択によって積極的に出張の機会を排除する。
  • 新しい人間関係の構築。バンクーバーの地で「地元民」として生きていくためにも、どれだけ深くコミュニティに根ざし、人との繋がりを拡げることができるかが課題(cf. 『過去の自分に救われる。』)。

正直僕は、ソフトウェアエンジニアリングをはっきりと「好き」と言えるような人間ではない。むしろ、インターネット対しては恐怖心のような感情を抱いている。それでもテクノロジーの持つ“可能性”は信じているし、決して嫌いではない。

モノは作りたいけど、別に技術それ自体には強い気持ちはない。PM的な振る舞いはしたいけど、別に四六時中コミュニケーション・顧客対応みたいな仕事をしたいわけではない。だからといって、今すぐ会社を辞めてテキトーに起業したり創業初期のスタートアップに飛び込んで心身を削る気もない・・・以前、ある人にそんな話をしたら「欲張りだねぇ。それは無理だよ」と言われたことを思い出す。そうです、僕は欲張りなんです。

メッチャ「わかる・・・」と頷きながら読んだブルーピリオド10巻の「はっきりと好きとは言えない。嫌いと言えるほど意見もない。だからこれは欲だ」という話ではないが、いろいろ書いたところで、今回の判断の根底にあるのは私欲に依る「好奇心」以外の何物でもないのだと思う。

とはいえ、それとは別にある種の「使命感」のような物もある。

僕らはなぜ、誰のためにプロダクトを作るのか─行動変容デザインとその倫理的側面』でも触れたように、推薦技術が応用された広告やゲームなどのアプリケーションの一部は、過剰な消費行動をユーザに促し、彼ら彼女らから搾取し、企業の利益の最大化のみを目的に設計されている。僕はそれが正解ではないと信じているし、なにか自分にしかできないこと・やるべきことがあるのではないかと、7年前に『インターネットが怖い』を書いてからずっと考えている。そして今、その漠然とした問いに立ち向かうチャンスが目の前にあるのなら・・・。

そんな気持ちが原動力の一つであることは確かだ。

転職活動とキャリアの話

最後にカナダでの転職活動について少しだけ。

さすがにまだ半年しか住んでいないので、日本に帰る(または他国で就職)という選択肢はなかった。とはいえ、永住権を持っておらずビザスポンサーが必要という事情もあり3、5社程度応募したスタートアップは軒並み即reject、または音沙汰なしだった。したがってインタビューを受けたのは計3社で、いずれも1000人超の大企業。

コロナ禍につき完全にリモートだったが、Amazonに関しては次のような流れで、応募(5月)からオファーまでは1ヶ月強程度とかなりスムーズだった。

  1. コーディングクイズによる事前スクリーニング
  2. バーチャルなオンサイト面接(オンラインエディタ、オンラインホワイトボードを使用)
  3. チームマッチング面談4

参考:Interview with Amazon - The Virtual "On-Site" Interviews

対策としては、ベタだが直前の1週間でHackerRankを使ってリハビリをした。1年以上も現場から離れていたのは普通にブランクなので、走り込みと素振りは必須。当日の質問はEasy-Medium程度の「ブルートフォース解法は自明で、落ち着けば最適化案もひとつくらいは思いつく」といった難易度だったので、これだけでも何とかなった。

システムデザイン系の話は、基礎中の基礎という感じで逆に不安になるけど、適当に次のようなリソースを眺めただけで十分だった。(“十分”とは、という話だが、ひとまず僕の面接は難なく終わった・・・ハズ。)

あとは自分が過去に書いたコンピュータシステム系の記事を読み返して気持ちを高めるなどした。

なお、最終的にはオファーをもらえたものの、やはりPMからエンジニアに戻るのは容易ではないと感じた。ある企業には、最初機械学習エンジニアのポジションで応募したら「ちょうど機械学習のPMも募集してるんだけど、こっちでどう?」と言われてそちらに回され、もう一方の企業ではPMで応募したら「PM経験まだ浅いし、エンジニアのほうが良いんじゃない?」と言われてエンジニア枠に回された。なんやねん。

Amazonでも、リクルーターいわく内部で「そもそもこいつはエンジニアなのか?」で議論になったらしい。安易にレジュメの内容だけで判断せず、過去の経験を語る "Behavior Question" を重視する企業であったことに救われた感があり、そのあたりの気持ちは "Why Your Job Title Matters" に書いた。

というわけで、Amazon。まだ1週間しか経っていないのでアレだが、とりあえずオンボーディングコンテンツの質の高さに無限に感動している。しかしこの感動もこれまでの経験があってこそで、新卒あるいはTDでの経験抜きで入ったら何も響かないんだろうなぁと思うと、それもまた味わい深い。

今後は、とりあえず2年間くらいは今のポジションでやっていければと思う。その先は未定だが、最近は友人とキャリアについて話すときにごく自然に「この次は自分のビジネスでもやるかなー」と言っている自分がいるので、そうなるのかなぁと思う。まぁ Life is unpredictable ですし、なるようになるでしょう。

1. 移住後半年で退職は早すぎるという説もあるが、そのあたりの話(いつ辞めるかもわからないという予告)は事前に合意の上でサポートしていただいていたので、若干の後ろめたさはあれど下手にモメずに退職できた。ありがたい。
2. 実際、オファー後の交渉はかなりうまく行ったほうだと思うが、それでもベースだけ見れば今回の転職で給料は下がった。もちろんAmazonにはこの他にRSUや入社時ボーナスなどもあるが、TDの待遇はそれらを考慮しても見劣りしないほど良い。
3. TDで永住権申請の準備は進めていて、あとは書類を出すだけという状態だった。しかしこれは転職に伴い振り出しに戻る。
4. もともと "Personalization" のポジションに応募していたが、オンサイト面接まではソフトウェアエンジニアとしての一括選考だった。以前、某社では「オンサイト面接はパスしたが、全く興味のない謎チームからオファーがきた(のでお断りした)」という経験があったので、最後まで気を抜けなかった。

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  書いた人: たくち

たくちです。カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野のエバンジェリズムに携わってきました。趣味は旅行、マラソン、登山。コーヒーとお酒とハンバーガーが好き。長野県出身。ブログへのご意見・ご感想など、@takuti または [email protected] までいつでもお気軽にご連絡ください。

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