ホーム  >   ブログ  >   エッセイ   >   「マインドフル」であることの効用を実感しつつある

2020-11-29

「マインドフル」であることの効用を実感しつつある

このエントリーをはてなブックマークに追加

今年も残すところあと一ヶ月。「最高の年だった」とは到底言い難いけれど、一年前よりは今のほうがずっと「生きている」という感じがするので、概ね良い一年であったことは間違いない。

Audible版の『反応しない練習』が良すぎて3回聴いた今、その実感は人や物と「マインドフル」に向き合うことを心がけた結果に他ならないのだと納得がいく。

「マインドフルネス」と聞くと掴みどころがない感じがするけれど、英単語の "Mindful" で考えると、その本質が意味するところは「目の前の物事に気を配る・意識を集中する」ということであり、それ自体は何も難しいことはない。

いったん「自己観察」の感覚がつかめると、日常のあらゆる状況がマインドフルネスのトレーニング場に変わります。(中略)雑巾がけ、歯磨き、炊事、洗濯など、すべての家事をマインドフルに行うだけでも、あなたの不安は減っていくでしょう。

最高の体調

具体的にできることは大小様々で、対人・対物行為問わず、毎日のあらゆるシーンで僕らは「マインドフル」になれる。

他者を尊重する

相手を想い、その人にはその人の人生、困難があることを正しく想像する。『「ていねいなコミュニケーション」』でも書いたように、その発想に至らずむやみに相手を非難したり怒りの感情を抱くことは無益である。ゆっくりと時間をかけてではあるけれど、そんな負の感情に反応せず、相手を尊重するだけの心の余裕を持てるようになってきた。

感情的になりそうなとき、まずは「まぁこの人もイロイロと大変なんだろうな」と一呼吸おいてみる。

他人の仕事の難しさ・勘どころを正しく想像できる者に、私はなりたい。

もちろん専門外の話であればそれを100パーセント理解するのは難しいし、知った気になって軽々しく口を出すのも違う。でもその仕事に向き合う人の“気持ち“を知る努力はできるはずだ。その努力なくして「あのチームは仕事が遅い」「なんでこの程度のモノしか作れないのか」などと批判をするのは大変格好が悪い、と僕は思う。

なぜUI/UXデザイナーの仕事は批判の的になるのか?その謎を解明すべく我々は(以下略)

・・・去年までの自分であれば、おそらくこんなことは書けなかっただろう。

そんな内面的な変化が昨今の「おうち時間」によってもたらされたことは言うまでもない。

五感を丁寧に刺激する

これほど季節の移ろいをはっきりと感じ、ごはんをゆっくりと味わい、自分の心身と正面から向き合うことのできた期間が過去にあっただろうか。

朝夕30分ずつ毎日欠かさず散歩をしていると、季節のグラデーションを鮮明に捉えることができる。日の出・日の入り時刻の変化、草木の色づき、風が運んでくる気温や湿度に関する情報。深呼吸ひとつで昨日との差分がはっきりとわかる。

自粛初期にかったハンドミルで無心で豆をガリガリと削り、ハンドドリップでじっくりとコーヒーを淹れる。些細な不平不満なんて、もこもこと膨れる粉から立ち上る香りにあっという間にかき消されてしまう。「それが一体、なんだというんだ」

家にいるときはラジオを聞くことが習慣化した。朝、目が覚めて布団から抜け出すよりも先にAlexaに「J-WAVE」と声をかける。いつものナビゲーターの声と読み上げられるリスナーからのメッセージに耳を傾ける。「それでも世界は回っているのだ」ということを実感する。

自炊にせよデリバリーにせよ外食にせよ、意識的にごはんをゆっくりと時間をかけて味わうようになったのもここ数ヶ月の話。仕事とプライベート、家と外、平日と休日の境目が曖昧になりがちだからこそ、ごはんのときはごはんに集中する。スマホもPCも見ない。

この感覚は本物か

一瞬の感情に惑わされず、テキトーな刺激に逃げず、「マインドフル」に過ごす。日々の気持ちの変化をできる限り書き留めるように努め(cf.『貯金を取り崩しながら生きている感覚』)、食と運動を最適化し(cf.『食と栄養について学んでいる。』)、違和感や不調をいち早く察知して対処する。

そうして過ごす日々は、局所的に見れば決してエキサイティングなものではなかったし、最初こそ戸惑いもあった。それでも、振り返ってみるとやっぱり去年よりも充実した一年間であったことは疑う余地もなく、今この瞬間、こんなにも色濃く「生きている感じ」がするのは大変興味深い。

こんな状況下でも生活の中に「目の前の物事に気を配る・意識を集中する」だけのキャパシティがある—まずは、それがいかに恵まれていて幸せなことかを決して忘れず、勘違いしないよう努めたい。同時に、今はこの効用を最大限に享受できるよう、引き続き丁寧に生きてゆくことだけに集中しよう。あと一ヶ月、今年は最後まで気が抜けない。

  書いた人: たくち

たくちです。トレジャーデータでデータサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野のエバンジェリズムを担っています。趣味は旅行、マラソン、登山。コーヒーとお酒とハンバーガーが好き。長野県出身。ブログへのご意見・ご感想、お仕事のご依頼など、@takuti または [email protected] までいつでもお気軽にご連絡ください。

※当サイト上での発言は個人の見解です

  過去の人気記事

2017-12-16
データサイエンスプロジェクトのディレクトリ構成どうするか問題
2017-06-10
Amazonの推薦システムの20年
2017-03-31
修士課程で機械学習が専門ではない指導教員の下で機械学習を学ぶために

  サポートする

  コーヒーを贈る

  ほしい物リスト

このエントリーをはてなブックマークに追加

  あわせて読みたい

2020-09-12
なぜUI/UXデザイナーの仕事は批判の的になるのか?その謎を解明すべく我々は(以下略)
2020-04-30
貯金を取り崩しながら生きている感覚
2019-02-03
「ていねいなコミュニケーション」
  もっと見る