たとえば、仕事で新製品の開発を任されたら、あなたはどうするだろうか。市場調査、競合分析、顧客セグメント分析、ユーザーストーリーマッピングなど、思い浮かぶアクションはどれもきっと正しい。
それでは、あなたが新作オリジナルアニメのプロデューサーで、そのアニメのテーマが「男子新体操」という見たことも聞いたこともないスポーツだと伝えられたら、どうするだろうか。
「両者に本質的な違いなんて無いんじゃないか。」そこあに「バクテン!!」特集 #683でテレビアニメ・バクテン!!の新宅潔プロデューサーのインタビューを聞いて、そんな感想を抱いた。
いずれの場合も「リアリティの追求」が目的のひとつであることに変わりはない。あるテーマについてゼロからストーリーを紡いでゆく過程は、対象をどれだけ深く理解できるかという点において、プロダクト開発・コンサルティング・ユーザ体験論に通じるものがある。
プロデューサー曰く、最初に新作アニメの話をもらった時は男子新体操について何も知らなかった。そこから取材(観察、ヒアリング、録音、撮影)を重ね、実際の選手たちにも「あるある」と納得してもらえるレベルのストーリー・映像に仕上げていったのだと言う。
同様に、初見のテーマについて作文をする・自由研究をするといった“宿題”が与えられたら、自分ならどうするだろう?まずは(ひとりの消費者として)体験してみる、生で見てみる、現場の声を聞いてみる、資料を漁ってみる・・・といったアクションを起こすはずだ。新規事業・製品開発だってそれと同じで、まずはありのままの現実をインプットすることから始めればいい。
もちろんアニメプロデューサーの仕事は確実にプロの“それ”であり、取材プロセスの細部を真似できるなどとは到底思えない。しかし同種の「新しいモノを創る」という問題おける初動に際して、なにか物凄く特別で専門的な知識・経験が必要かというと、そんなこともないんじゃないかと思う。そもそも問題(テーマ)それ自体が初見で、これから知識と経験を積み重ねようというフェーズなのだ。
僕らに必要なのは、ドメイン知識・・・いや、ドメイン“経験”に他ならない。小売業界に向けてソリューションを提供するのであれば、製品の製造、流通、販売の流れを実際に目で見て体験するところから始める。金融、メディア、飲食・・・どれも同じ。まずは現場の実情を経験的に知らなければ、適切な問題設定とソリューション提案など出来るわけがない。
それにも関わらず、自分ごとの「仕事」としてそういった課題に直面すると、その当たり前の第一歩がなかなか踏み出せない。最初から物凄く高い壁にぶち当たっているような気さえする。結果として、「きっと」「たぶん」「一般的には」といった仮説ばかりをならべてミーティングルームの外に出ることを忘れ、ビジネス書で紹介されているテクニックを中途半端に実践し、リアリティの欠如した的はずれな製品が誕生する。
他方、リアリティが全てとも限らない。バクテン!!第1話冒頭のアオ高新体操試技シーンでは、現実にはありえないような照明による派手な演出が描かれている。これは、制作陣が取材を通して得た「もっとこうなればいいのに」という気付きを元にして、意図して描かれたものなのだという。実際の競技映像を100%忠実に再現していたら、当該シーンはもっと退屈でアニメ映えしないものになっていたのだろう。
現場を知り、体験することは重要な第一歩だ。しかし同時に「ユーザ・顧客は真に自分が欲しい物・抱えている課題を知らない(言語化できない)」ということもまた事実。ゆえに究極的には、見て聞いて体験した現実のすべてを客観的に俯瞰した上で、「オリジナリティによって現実を補強すること」こそが製品開発の目指すべき所であると言えよう。
客観性を持ち続けることは難しい。「ユーザの声を聞く」「現場を知る」・・・そんな当たり前のことがなぜできない?そう批判するのは容易いが、いざ自分が何かを“プロデュース”する立場に置かれると、何かと理由をつけて主観的な世界に閉じこもってしまう。そのほうが楽だし、リアリティとオリジナリティのバランスを見極めるのはとても難しいことなのだから。
しかし、である。
よく分からない業界・テーマ、それは新しい世界への扉だ。その扉を開けずに、座り込んで攻略本片手にアレコレと戦略を練っていても仕方ないではないか。まずは全力でその世界を楽しもう—そんな気持ちで、「ユーザ理解」に向けた第一歩を軽やかに踏み出したいものである。それができたのなら、少なくとも誰もあなたの仕事を「クソどうでもいい」とは言わないだろう。
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最終更新日: 2022-01-18
書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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