2023年7月28日から1年間、カナダ国民または永住者のみが応募できる国際ボランティアプログラムを通じて、"Information Communication and Technology Advisor" としてアフリカ南東の内陸国・マラウイにいくことになった。JICA青年海外協力隊のカナダ版とイメージしてもらえば早いだろうか。5月にプログラム運営団体のひとつ World University Service of Canada (WUSC) のウェブサイトから申し込み、一般的な採用面接のようなフローを経てオファーをもらい、6月は健康診断や大量のワクチン摂取、ビザ申請などを慌ただしくこなした。
というわけで執筆時点で既に3週間を現地で過ごしており、今のところ、ちょっぴり刺激的な日々をそれなりに楽しんでいる。「東南アジアから経済成長を引いたらこんな感じ」というのが第一印象で、格差(特に都市部と農村部の間)、物価(体感で日本の1/4程度)、混沌(マーケットなど町中の熱気と人混み)がそれを象徴する。
▲ チャンボ (Chambo) やウシパ (Usipa) といった美味しいお魚を供給してくれる、マラウイ湖。
動機
「なにかがおかしい」という違和感と、失望。それが、およそ10年間エンジニア兼プロダクトマネージャーとして、スタートアップ、Big Tech、フリーランスと環境を変えながら働いた末に残った感覚である。携わってきたプロダクトやサービスはどれも、資本主義社会の中で「持つ者」が「もっと持つ者」になるためのメカニズムの一部であった。そこに関わる個々人の野望、熱量、才能、努力、あるいは「信仰」は素晴らしいものであるし、僕もテクノロジーの持つ力をいまだに信じ続けてはいるものの、組織が掲げる高尚なビジョンの先にあるのは「結局お金」である。
他方、大小様々な顧客と直に話をすると、多様な個人をメンタリングすると、あるいは友人・親族といった目の前の「ユーザ」を観察すると、成長の影に取り残される人々の存在と、そこにある搾取の構造に気付かずにはいられない。この歪んだ情報の流れが、データの偏りが、知識・技術・機会の隔たりが、とてもつらい。一開発者として、その仕組みづくりに加担していることに対する罪悪感さえ覚える。情報倫理とは、栄養学であり、哲学である。毒にも薬にもなりうる「情報」の摂取をめぐり、片や消費者にはリテラシーが求めれ、片や供給者(開発者)は社会・雇用主からの圧力や法整備の遅れと自身の善意の間でジレンマに陥る。
いまの社会構造そのものを否定するものではないし、経済成長・効率化のもたらす個人・企業・国家の急速な発展と進化の歴史は素直に喜ぶべきだろう。そもそも、この世界を回すあまりにも大きな力の前では、ひとりの意思や決意なんてほんの僅かな役割しか果たさない。しかし(だからこそ、というべきか)僕個人はささやかな抵抗として、じぶんの人生の軌道をずらしてみる。その過程で、情報化社会における人生の主体性というものを、今一度問いたい。
葛藤は、ある。その考えが多くの矛盾をはらんでいることを承知の上で、非効率で非合理な、それでも「信じたい」ものを今は選ぶ。
情報の流れをめぐるフィールドワークの過程は、ブログ(ここ)とSNS (LinkedIn, Twitter, Instagram) で随時記録していく予定。なお、ボランティアプログラムそれ自体の自己紹介&寄付ページもあるので、そちらも覗いてみてください。
よくある質問と答え
マラウイ is どこ
アフリカ大陸、南半球にある小さな内陸国。首都・リロングウェ (Lilongwe) まではバンクーバーからシカゴ、エチオピアを経由して乗り継ぎ込みで計30時間。日本からは、たとえば韓国・ソウル経由のエチオピア、以下略。
任地はそこからさらに車で北へ5時間、マラウイで3番目に大きいとされる都市・ムズズ (Mzuzu)。標高は1200メートルほどで、国土の約20%を占めるマラウイ湖(冒頭写真)の湖畔までは車で約1時間のところに位置する。天然ゴムやコーヒーの生産が有名。
コーヒー豆は日本も最大輸出先のひとつだが、取り引きの際は中間に業者をはさむことが多く、ロースターと直接繋がりがあることは稀だという(工場を案内してくれたジョセフさん談)。
▲ 町からほど近くにあるムズズコーヒーの工場。
なぜマラウイなのか?
そこに募集があったから。そもそも、情報科学分野での国際ボランティアの募集は極めて少ない。そんな中で僕がGlobal Affairs Canadaのページにある団体リストから見つけられたのは、マラウイとエチオピアの案件の計2件のみ。両方申し込んで、通ったのが前者。
そんなわけで、途上国、かつ未訪問のアフリカ大陸に関心があったことは確かだが、申し込み時点で「あえてマラウイを選んだ理由」というものは特に無い。しかし後になって調べてみると、マラウイと日本はとても強い結びつきがあることが分かり、次第に「日本人がカナダ代表としてマラウイにいく」ことの意義みたいなものも見えてきた。国内を走っている車のほとんどが日本から輸入された(廃車寸前、あるいは廃車後の)中古車であり、マラウイ人との会話で日本人だと自己紹介すると、何かと話に花が咲く。
なぜカナダから?日本から、青年海外協力隊ではダメなの?
種々の共感力や課題意識の大部分はカナダ移住後に培われた。この美しくも哀しい衝突・格差の歴史を繰り返す世界のうえで、じぶんがなにをできるのか—それをカナダ目線で考えたいと、今は強く思う。今回のプログラム然り、カナダは国際関係の場においてフェミニスト的アプローチを取ることに物凄く力を入れている。この視点が、個人的に追いかけている Data Feminism などの「データ(情報)の背後にあるバイアス・公平性」に関する議論とリンクした、という理由もある。
もちろん第二候補として青年海外協力隊も視野に入れており、プレエントリーだけはしていた。カナダのプログラムに落ちたら、コンピュータ技術あるいは統計の分野でこちらを申し込むつもりだったが、今回はご縁がなく。ちなみに今回のカナダのプログラムは半年〜1年間の任期であるのに対し、青年海外協力隊は基本的に2年間という違いがある。現地語(チチェワ語)の2時間入門コースを受講した際、先生が「昔、青年海外協力隊を担当したことがあるが、彼らは1日8時間×2週間みっちりと現地語を叩き込まれた。めっちゃ過酷で、教えるこっちもヘトヘトだった」と言っていた。渡航前後を含めたサポート体制の手厚さと言う点でも、JICAは一味違うらしい。
何やるの?井戸掘るの?
起業家育成とICT教育に取り組む現地の組織 Mzuzu Entrepreneurship Hub (Mzuzu E-Hub) で、技術支援をしたり、デジタルコミュニケーション戦略の策定と実装に携わったり、現地の若者(特に女性)を対象としたトレーニングやインキュベーションプログラムに参画したりする。
これまでのところ、雲行きが怪しいソフトウェア開発プロジェクトに首を突っ込んでプロダクトマネージャ的立ち回りをしたり、デジタルマーケティングのいろはをレクチャーしたり、各プロジェクトのモニタリング・評価におけるデータの取り扱いについて助言したり、若者に対してメンタリングを行ったりと、広い意味ではこれまでの仕事と大差ないことをしている。ただし、広告最適化とか、ビッグデータの大規模分散処理とか、ChatGPTで云々のような、先進国で“流行り”の技術応用からはいずれも程遠い。
見るべき指標が、そもそも違うのだ。実際問題として、人口の約半数が18歳未満、8割が地方に住んでいるといった状況にも関わらず、インターネット技術が未だ十分に浸透していない(参考:Digital 2023: Malawi)。そんな、世界で最も貧しい国のひとつにも数えられるマラウイにおいては、ひとつひとつの知識・技術が現地にきちんと定着していくことが何よりも重要であると、僕は考える。
カナダにだって、日本にだって、解決すべき課題はあなたの目の前に既に山ほどあるんですよ?
おっしゃる通り。それらを無視するわけではないが、僕個人ですべてに100%コミットはできないので、こればかりは「タイミング」としかいえない。フリーランスになって以降、日本国内の政治的・経済的な動向は一層注視していたし、カナダでのコミュニティ活動への参加も増やした。いくつか国内外の「これは」と思える職・ボランティアに応募したりもしていて、「その一瞬」を狙い続けていた。その中で最初に実になったのが今回の国際ボランティア、というだけの話。こういう局所最適化しか、僕にはできないのです。許してください。
社会課題に対するそのアプローチ、効率悪くない?非営利なり起業なり、自ら組織を作って、より多くのリソースを動かす立場にいたほうがスケールするのでは
理屈としてはそうなのだろうけれど、何より僕は、自分の経験から生まれる動機を重視したい。経験的に「何かがおかしい」ことはわかるので行動を起こすが、具体的に「何がおかしい」(=どのような技術・スキル・情報が現場に必要か)はまだ見えていない。なので、まずは自分がその環境に身を投じることで経験的な学びを得たい。次のステップとして、そういう可能性(例『「サステナブル・キャピタリズム」とは何か』)を考えていないわけではない。
人生・カナダ編はもう終わり?
自営業としてのビジネス登録や、免許証記載の住所は変えていないので「主たる居住地はカナダ」のまま。そもそも、「カナダ国内に住所を持つこと」が永住者がカナダ人枠で国際ボランティアに応募するための要件のひとつだったので、勝手に変えることはできない。どちらかといえば、1年間カナダ国外へ旅行(あるいは出張)するイメージで、その旅の起点と終点が住所最寄りのバンクーバー国際空港であることは固定。なので、カナダ編の一部としてのマラウイ記、という見方が正確だろうか。なんにせよ、1年後にはとりあえずカナダに帰る。
カナダ永住権はどうなるの?
直近5年のうち累計2年間カナダ国内にいれば永住権を維持できる。僕の場合、過去1年間はほぼずっとカナダ国内にいたので、たとえボランティアで1年間不在になっても、その後3年間のあいだにトータル約365日分カナダ国内に物理的に存在していればよい。というわけで、まだセーフ。
現地での収入はどうなるの?
(現地の物価基準で)生活費と家賃を賄うだけの最低限のお金は運営団体から支給される。同時に、可能な限りフリーランスとしてのリモート業務を続ける予定だが、ボランティア先ではフルタイム勤務なので、稼働時間は大幅に制限される。そのため、こちらは収入源としてはあまり期待できない。
病気になるよ?死ぬよ?
気をつけて生きましょう。トラベルクリニックが便利で、黄熱、A/B型肝炎、破傷風(ブースター)、腸チフス、髄膜炎、ポリオ(ブースター)ワクチンを2日に分けて一気に摂取&マラリア予防薬毎日飲む用400錠(400錠!)をサクッと処方されました。死について、僕は思うのですが、コントロール不能な突然死のリスクはどこに暮らしていても存在するわけで、それならば恐れるよりは受け入れて「どうせ5年後くらいには死んでいるかもしれない」くらいの緊張感で生きた方が後悔はないのではないか。遺言状は、もう書いた。
マラソンもハイキングもできないよ?クラフトビール飲めないよ?栄養管理も満足にできないよ?
そのあたりの「習慣を壊さざるをえない」という点が正直いちばん不安だけれど、まぁ1年間くらいなら何とかなるでしょう。
走ることは、なんとしてでも続けたい。「歩道」というものがほぼ存在せず、野良犬に追われて噛まれた際の狂犬病リスクもあるので距離は短くなるが、今のところ週に2−3回、30分くらいジョギングをする余裕は確保できている。ハイキングも(遠いけど)国立公園がたくさんあるので、それほど困ることはなさそう。国内最高峰のムランジェ山(標高3002m)は、近いうちにぜひ訪れたい。
ビールはカールスバーグの醸造所が国内にあり、「ローカルのビール」といえばそこで醸造されたいくつかの銘柄(ラガー)を指す。その他のブリュワリーは僕の知る限りでは存在せず、寂しい。なお、酒屋には「ローカルのビールは空き瓶と交換じゃないと売らない」という謎ルールが存在して、デポジット(金で解決)もできないので、空き瓶を持たぬ新参者の僕は「最初の一本」が購入できずに詰んでいる。そんなわけで、外飲みか、渋々購入したハイネケンか、たまにスーパーマーケットで見かける他のアフリカの国から輸入されたクラフトビールに頼って生きている。
食事に関しては、新鮮(?)な野菜が道端や屋外マーケットで大量に売られており、毎日がファーマーズマーケット状態なのでとても良い。卵や豆、魚などタンパク源も豊富なので、それらを中心にシンプルな食生活を心がければ大きな問題はなさそう。
で、1年後、どうするの?
いくつかアイディアはあるけれど、ひとまず「未定」ということで。今はできるだけopen-mindedで、打算抜きに目の前のことに集中すべきだと思っています。
君は一体何を目指してるの?マゾなの?
あるいは。
この記事に関連する話題: デジタル・マラウイ:人道的かつ倫理的、そして持続的なテクノロジーのあり方 ソフトウェアエンジニア、カナダに渡る。シェアする
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最終更新日: 2023-08-20
書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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