World Population Review "Poorest Countries in the World" によると、僕が現在滞在しているアフリカ南東の小国・マラウイはPurchasing Power Parity (PPP)において世界貧困ランキング第10位である。これを根拠にこのブログでは度々「世界最貧国のひとつ」としてマラウイを語ってきたわけだが、果たして世界で10番目に貧しい生活とは、一体どのようなものなのだろうか?それは、確かにいろいろな点で「悪い」のだが、僕らのステレオタイプやニュース記事が語るショッキングな光景ほど悪くもない。
収入と支出のアンバランスさ
2024年2月1日に改訂されたばかりのマラウイの最低賃金は月給90,000マラウイ・クワチャ (Malawian Kwacha; MWK)であり、これは執筆時点で約8,000円。雇用形態によってはさらに低賃金な場合もあり、また、国内の雇用のおよそ6割が農業1であることによる収入の不安定さも考慮すると、実際は月に8,000円稼げているだけでもマシな部類だろう。ちなみに、Statista "Economic Inequality - Malawi" によると、2024年、マラウイ人口の72.68%は1日あたり2.15 USD未満の所得(31を掛けて、月当たり1万円未満の所得)となる予測だ。
それでは、モノやサービスの値段はそれ相応なのかというと、そんなことはない。人口規模で国内第三位の町に住んでいる僕の場合、月当たりの出費は家賃を除いて2およそ249,000 MWK(22,305円)であり、その内訳は以下の通り。
- 水道代:20,000 MWK = 1,792円
- 電気代:10,000 MWK = 896円
- 携帯プラン(64GB):24,000 MWK = 2,150円
- 買い物:1回あたり多くても10,000 MWK * 週2回 * 4週間 = 80,000 MWK = 7,166円
- パン、卵、オートミール、野菜(トマト、玉ねぎ、ピーマン)、バナナ、ビールなど、ほぼ決まったものしか買わない
- 外食:一食あたりおよそ3,500 MWK * ランチ平日5日分 * 4週間 = 70,000 MWK = 6,270円
- 交際費(主に雑なバーで週末に飲むビール代):多くても1週間あたり10,000 MWK * 4週間 = 40,000 MWK = 3,583円
- 散髪代:5,000 MWK = 448円
▲ よくあるランチの光景。小魚とnsimaで一食だいたい1,500-3,000 MWKくらい。
外国人、かつ所属団体から一定の生活支援を受けている僕は、マラウイで暮らす上でかなり恵まれていることを忘れてはならない。ビールの一本も買えない人だって山ほどいるのだから。とはいえ、周囲と比較した時に僕は決して浪費家というわけでもなく、与えられたものの範囲内で慎ましく必要最低限+αの暮らしを営んでいるつもり。そんな僕でさえ、少なくとも最低賃金の3倍は稼がないと今の生活を維持できない。それがマラウイだ。もちろん個々人の経済的・社会的状況や暮らす場所の物価は様々な要因で大きく異なるが、先の数字から大まかなイメージを掴んでもらえればと思う。
不平等な所得と、一部ビジネスによる搾取の構造
そんなわけで、一般マラウイ市民の生活は基本的に苦しい。給料日よりも前に所持金が尽きてしまうことは当たり前で、月末・給料日の直後には「今日を生き抜く」ための現金を求めて銀行やATMの前に長蛇の列ができる。僕も、マラウイ人の友人・同僚から何度「給料入ったら返すから、10,000 MKW(1,000円弱)でいいので金を貸してくれ」と頼まれたかわからない。そんな状況なので、貯蓄や投資などという話は夢のまた夢である。
一方、みんながみんな一様な“世界で10番目に貧しい暮らし”をしているわけではない。先の "Economic Inequality - Malawi" では、2024年のマラウイのジニ係数(推定値)は0.39(日本は0.31、カナダは0.33)であり、国内の所得格差は確かに存在する。たとえば、僕が仕事で主に関わるのはオフィス・サービスワーカーの人々だが、ざっくりと見聞きした限り、みんな月5万円程度はあっさりと稼いでる。最低賃金の数倍だ。さらに、国籍問わず国際機関の職員やボランティアは基本的に高給取りである。そんな所得格差は、目下開発中のマラウイ経済ならではの特徴・課題であるといえよう。
ことテック業界に目を向けると、Webサイトやモバイルアプリ開発がプロジェクト当たりおよそ7-8万円で受発注されている。なお、インフラ管理やメンテナンスなどランニングコストは含まない。カナダ拠点のフリーランサーである僕がマラウイ国内の某団体からAndroidアプリ開発案件を受注したところ、設計・実装・テスト込みの6か月間のプロジェクトで一括600 USD(90,475円)での請求となった。信じられないような安価だが、交渉してみた感覚からして、そもそもこれ以上支払う経済的余裕がクライアント側に無さそうであった。とはいえ、1クライアントから1か月当たり100 USD稼げたのなら、マラウイの所得基準的には十分「成功」である。ICTへの期待は高く、多少背伸びをしてでもそこに投資したいという団体・個人は多い。それを悪用して詐欺まがいなサービスを提供する人々が搾取の構造を生み出しているわけだが・・・という点は『アフリカ・マラウイにおけるコンピュータ・プログラミング教育。その先に「未来」はあるか?』で書いた。
それでも、僕らが想像するほど悪くない
さて、昨今のマラウイの経済状況を語る上で避けられない話題が、マラウイ・クワチャ通貨の切り下げだ。2023年11月上旬、中央銀行は「通貨の需要・供給のバランスを修正するため」にMWKの価値を対USD比で44%切り下げた3。これはすなわち、昨日までは43 USD相当だった当時の最低賃金50,000 MWKが、一夜にして30 USD未満の価値に下落したことを意味する。4か月前、「1米ドル=1,000クワチャの計算で概ね問題ない」と書いていた頃が懐かしい。通貨の価値が下がれば、当然モノやサービスの値段は上がる。一杯1,800 MWKのコーヒーは2,800 MWKになってしまったし、2,500 MWKのランチは3,500 MWKになった。かといって給与水準は変わらず、(冒頭に述べた最低賃金の改訂がようやく行われたものの)収入据え置き・支出増という苦しい状況が当たり前になってしまっている。
とはいえ、どんなに経済状況が悪くても、それは僕らのステレオタイプほど悪くはなさそうである。多くの子どもが最低限の初等・中等教育は受けているし、電気・水道・インターネットや医療へのアクセスも都市部ではそれほど難しくない。これが世界で10番目に貧しい暮らしなら、なるほど、書籍『ファクトフルネス』が示してくれたように世界は確実に良くなっているのだろうな・・・と納得せざるを得ない。たとえば平均寿命は、1日あたりの収入が2 USD未満の水準であっても60歳を超える。
もちろん依然として状況は「悪い」し、(特に農村部では)課題が山積なのだが、それでも基礎的な点で人々の暮らしが「良くなっている」ことは確かだ。「悪い」と「良くなっている」は両立する。そして、そのような環境下ではじめて人々は「明日」を考えられるようになる。マラウイ人、特に若者をみていると、彼ら彼女らの貪欲さには度々驚かされる。少しでも多く稼ぐために常に新しい機会・スキルを求めているし、トライすることへの障壁が極めて低いように見える。たとえそれが小さな近隣コミュニティを対象にした家族経営の取り組みであれ、それを「ビジネスである」と呼ぶことを誰が咎められようか。
だからこそ、惜しい。マインドセットやアプローチに“何か”が決定的に欠けている。それは先のテック業界の例で述べたプロ意識の欠如であり、長期的視点を持つことであり、失敗から学ぶことであり、改善を繰り返して質を高めることである。最近、マラウイ人著者・Henry Kachajeによってマラウイ人のために書かれた書籍 "Making Your First Million"(※ ミリオンマラウイ・クワチャであり、ミリオンダラーではない。約9万円)を読む機会を得たのだが、この本もそのような点で“何か”が欠落している印象を受けた。聖書の引用から抽象的にマインドセットを作り上げていくアプローチは賛成しかねるし、「1,500 MWKでバナナ一房を売れば、1,500 MWK儲かる。だからミリオンを稼ぐには667房売ればよい」といったコスト・税金を無視した過度な単純化には危機感さえ覚える。
▲ Henry Kachaje著・"Making Your First Million"。ミリオンマラウイ・クワチャ(約9万円)は多くのマラウイ人にとって喉から手が出るほど欲しい大金だ。これは最低賃金90,000 MWKを1年間稼ぎ続けて、それに一切手をつけずにようやく手に入る金額である。
したがって、この国の未来はビジネス・技術の理論と実践を、国民の前向きさとポテンシャルにいかにリンクさせるかにある—と僕は考える。それはいわゆる「ベストプラクティス」のコピペではだめで、そこに国際開発のジレンマとコンテクスト理解・適応の重要性があらわれるのだが。
1. World Bank Country Profile および Employment in agriculture (% of total employment) (modeled ILO estimate) - Malawi に依る。 ↩
2. 僕の家賃は、雇用主(カナダの団体)のセキュリティ要件を満たすためにとても高い。通常のであれば、月1万円未満で十分な家を借りられる。 ↩
3. 通貨の切り下げを受け、南アフリカ航空はマラウイ路線の運行を無期限停止とした。このように国際社会において地理的・経済的に孤立してしまうことだけは避けたいが、果たして・・・。 ↩この記事に関連する話題: デジタル・マラウイ:人道的かつ倫理的、そして持続的なテクノロジーのあり方
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最終更新日: 2024-02-27
書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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