世界最貧国のひとつに数えられる、アフリカ南東の内陸国・マラウイ1。そこで国際ボランティアとして1か月半を過ごし、国内2地域にわたる計5地区(全3地域、28地区のうち)でビジネスや教育の現場に触れる中で、この国における「デジタル化」の実態というものが少しずつ見えてきた。まだまだ何かを結論付けるには程遠いが、第三者機関によるレポート Digital 2023: Malawi で議論されている視点(人口、インターネット、ソーシャルメディア、モバイル通信)を参考に、現時点での観測結果をまとめておきたい。
全体像
"Digital Malawi Program"と称してマラウイ政府も総力を上げて(?)国のITインフラの強化・DXに取り組んではいるものの、都市部でさえコンピュータやインターネットの利用が普及しているとは言い難いのが現状だ。そのような状況下でもデジタルリテラシーや関連スキル(オフィスソフトウェアの使い方、画像処理、プログラミングなど)のトレーニングプログラムの展開は国内外からの資金投入によって加速しており、インフラ整備と技術応用のバランスが気になるところ。
そんなわけで「コロナ禍がデジタル化を推し進めた」という気配はほぼ無く、雰囲気としては僕個人が10年くらい前に日本やアメリカで見た「それ」に近い。仮に企業などでデジタル環境が整っていたとしても、スタッフがそれらを「使いこなす」には程遠く、未だ「ツールに『使われている』」ような黎明期的な状況。そこで話題になるのは主としてクラウドサービスやスマホアプリ、ソーシャルメディアの利用であり、AIやブロックチェーン、AR/VRなどではない。農業が主産業2であるが故に一部の起業家たちはIoTやデータ分析・予測技術に関心を示すが、いずれにせよ、そのようなデジタル技術を身に付け、日常的に実践し、プライバシーやセキュリティ、可用性やスケーラビリティといった視点まで踏まえて実装できる人材は極めて稀であるようだ。
とはいえ、ここマラウイにおいて、先進国を模倣し彼らのトレンドに追いつくことがゴールとは必ずしも限らない。Blockchain Chicken Farm: And Other Stories of Tech in China's Countryside でXiaowei Wangが中国の地方農村部にみたように、技術応用の「正解」は極めてコンテクスト依存なのだ。したがって、この議論には現地の人々の暮らしや文化の深い理解が求められ、だからこそ僕はフィールドワークの一環として今ここに居る。
人口統計に見る「マラウイ人」
そもそも僕らが大きな主語「マラウイ人」を用いる時、それは一体どのような人々を指し示すのか。N=1のストーリーを深掘りする前に、そういった基本情報をおさえることも重要だろう。
2022年時点での人口統計の一部を、日本と、同じくG7加盟国で僕が永住権を保持するカナダと比較してみる。
確かに今現在、この国は経済的に乏しく、インターネット普及率も極めて低い。それでも僕は、これらの数値にマラウイという国の未来を見る。
バカでかい国土を抱えつつもその大部分が無(大自然)で超疎なカナダや、高齢化・人口減少まっしぐらな日本の未来を前向きに語るには、移民や経済にまつわるさらなる情報が欲しいところだ。対照的に、マラウイの半数を占める18歳未満人口および8割を占める農村部人口には、それ自体に我々の想像力を掻き立てる力がある。もしも、マラウイの若者たちが世界のZ世代やミレニアル世代のようにデジタル技術に当たり前にアクセスできたら?農村部にまでITインフラが普及し、利便性の向上と更なる産業の効率化が成されたら?その結果訪れるであろう一国家の成長を思うと、身震いする。
これこそが僕の信じるテクノロジーの可能性であり、同時に、僕がテクノロジーを恐れる理由でもある。社会というシステムを中長期的な視点で考えたとき、技術革新がもたらすであろうメリットは極めて魅力的だ。一方で、その進化が倫理的な議論を抜きにして急速に達成された場合、そこにはどうしようもなく「持つ者」による搾取の構造が現れる。ゆえに、技術者のみならず全ての個人がリテラシーを備え、能動的に技術と向き合える土壌を育むことが重要であると、僕は考える。その点において、未だ発展途上の段階で、Digital Malawiプロジェクトなどを通してITリテラシー教育への投資が積極的に行われていることは喜ばしい。
滞るコンピュータやインターネットの普及
とはいえ、コンピュータを触ったことがない、あるいはインターネット(デジタル世界)という概念がピンとこない多くの国民にそのリテラシーを説いても「なんのこっちゃ?」となるのが目に見えている。だからまずは基盤を整えたいのだが・・・。
そもそも、収入が月給100米ドル未満4、あるいはクレジットカードを持っていない5人々にとって、コンピュータは高価すぎるという問題がある。加えて、従来型の農業が中心の市場においては、労働者がコンピュータを持つ強い動機(インセンティブ)が生じないという背景もあるだろう。
仮に運良くコンピュータが使える環境に身を置くことができたとして、そこで初めて「コンピュータを使って何をするか」という話に実感が湧いてくる。しかしそんな幸運な人々も、社会からのニーズに応える形で「必要に駆られて」コンピュータを使う層が大半という様子であり、ビジネスの現場で活躍する若年層でさえプリインストールされたソフトウェアとMS Officeの基本機能を扱うのが精一杯といった印象を受ける。
なぜ「必要最低限」から先にPCユーザの裾野が広がらず、個々人の技術への理解・経験が深まらないのだろうか?その原因の一端は、不十分なインターネット環境にあると僕は考える。4Gモバイルネットワークはまずまず普及している一方で、WiFiアクセスポイントはほぼ存在しないので、仮にコンピュータを持っていたとしても大したことができない。首都・リロングウェをはじめとする都市部でさえ、ごく一部のカフェやホテルが無料WiFiを備えているのみであり、オフィスの共有WiFiというものも基本的には存在しない。そんな環境では、何かを創ろうにも(プログラミングやコンテンツ制作)、学ぼうにも(オンラインコースや電子書籍)、楽しもうにも(動画やゲーム)、ダウンロード/アップロードすべきデータ量によって好奇心が阻まれてしまう。先進国で無制限にインターネットにアクセスできていたことがいかに幸運であったか、思い知らされる。
僕の近所には、たとえば1時間あたり1米ドル弱のワンタイムID・パスワードを買うことでWiFiに接続可能なカフェが一件ある。速度はお察しだが、ソフトウェアのインストールやアップデート、バックアップ処理のために定期的に利用することになりそうだ。
また、Digital Malawiプロジェクトの一環で、公共図書館では無料WiFiサービスが提供されている。館内利用料金10米セント/日を払えば誰でも利用可能であるが、試してみたところ、デバイスあたり1GB/日まで、通信速度の上限は1Mbpsという節約ぶりであった。
なんにせよ、インフラレベルで取り組むべき課題が山積なのが実状であり、その先にある「可能性」を語るにはまだまだ程遠いというのが、僕の所感だ。
より身近なモバイル端末・通信と、“電子マネー”の拡がり
モバイルネットワークに限った話で言えば、状況はそれほど悪くない。2大キャリア・AirtelとTNMが頑張っていて、僕の契約しているAirtelプランは月24米ドルでデータ量65GB。都市部では広くLTE接続が可能で、農村部も幹線道路沿いであれば大きな問題はなさそうだ。先述の通りWiFiアクセスポイントが存在しないので、僕は仕事でもプライベートでも、このデータプランに頼ってiPhoneのパーソナルホットスポット経由でPCをインターネットに接続している。一瞬で“ギガ”を消費するので、もちろんYouTubeを見るなどという贅沢はできない。
そもそも・・・もはや言うまでも無いだろうが、コンピュータ同様、スマートフォンも誰もが所有・利用できる類のものではない。フィーチャーフォンの所有率は若者を中心にかなり高いものと見受けられるが、特に農村部では、スマフォを持っている人は極めて稀である。僕らミレニアル世代以上が経験的に知っているように、フィーチャーフォンで広がる「世界」には、良くも悪くも限界がある。
なお、マラウイでスマートフォンといえば基本的にAndroid端末、PCのOSはWindowsを指す。Apple製品は激レアで、iPhoneを持っているマラウイ人の同僚に「どこで買ったの?」と聞いたら、「大きい街の家電店で買ったけど、正直、正規品かどうかもわからん」という答えが返ってきた。僕が持ってきたMacBook Pro, iPad mini, iPhone, Apple Watchたちについて、カナダ出国前に家財保険には加入したものの、破損・紛失の際の代替品の入手は諦めたほうがよさそうだ。
さて、世界のあらゆる国と同様、ここアフリカでもモバイル決済は独自の進化(?)を遂げている。2大通信キャリアがそれぞれ提供するAirtel Money, TNM Mpambaというサービスで、国内のいたるところで目にする木製電話ボックスのようなブースにいる「エージェント(仲介人)」が重要な役割を果たす。
まずは携帯端末(フィーチャーフォンを含む)からアクセス可能な「Airtel Moneyアカウント」を開設する。次に、現金を持ってエージェントのところにいくと、彼らがその現金と引き換えにAirtel Money上のデジタル口座に残高を追加してくれる。この電子マネーは参加店舗(バーやレストラン、スーパーマーケットなど)や電気・水道料金の支払いに利用できる。また、エージェント経由で電子マネーを「現金化」できて、この場合は電子マネーをエージェントに送金し、確認後に彼らから現金を受け取るという流れ。
エージェントはAirtel Moneyという“銀行”の窓口(あるいはATM)のような役割を果たしていて、ユーザの出し入れ金額に応じて一定のコミッションを得ている。現金中心の社会に申し訳程度に介入し、同時に大量の小さな雇用を生み出している、そんな仕組みだ。言わずもがな、エージェントおよびユーザの金融リテラシーを育むこともまた急務である。
競合サービスTNM Mpambaの解説と合わせて、現地の企業によるWeb記事 "8 Most Useful Mobile Apps in Malawi" も参照されたい。
世界的なアプリケーションたちの存在
現地のPC・スマートフォンユーザの間で最も広く使われているアプリといえば、先の決済サービスを除けばFacebookとWhatsAppだろう。これはマラウイに限った話ではないが、それぞれが「ソーシャルメディア」と「コミュニケーション」の代名詞になっているといっても過言ではない。
公私ごちゃ混ぜなWhatsAppの日常利用と、まともに読んでもらえず一切機能しないEメールでのやり取りは、かつて南米の顧客と仕事をした時の(そして絶え間ないメッセージがストレスで潰れかけた時の)記憶がよみがえり、個人的には大変厳しい。感情的には「これは未熟なデジタル/ビジネス/コミュニケーションリテラシーの象徴である」と言いたいところだが、そのような慣例は文化や人間性といったコンテクストに依存するものなので、究極的にはこちらが適応するしかあるまい。
そんな技術応用に付随する「リテラシー」の定義の局所性に思いを馳せながらも、一方で「データリテラシー」に関する議論の世界標準からの遅れを懸念せずにはいられない。
憲法にプライバシーの項が存在し、過去には関連法案が提出されているものの、現時点でマラウイにデータ保護法の類は存在しない。結果、これまでに見たデジタル化それ自体の難しさ、および関連スキル獲得機会の不足と相まって、各種デジタルツール・サービスがもたらす様々な害(プライバシー、セキュリティ、メンタルヘルス、etc.)については驚くほど語られていない。"The Social Dilemma" で描かれたような、そしてFacebookが公に非難されたような、先進国と同じニュースを繰り返さぬためにも、まずは各組織・団体の意思決定者たちの意識改革が望まれる。ゆっくりと、それでも着実に進んでいるデジタル技術の普及と、この国に暮らす大量の若者のことを思うと、そのような議論の重要性は強調してもしすぎるということはない。
その他オンラインサービスに関して特筆すべき点として、(1) そもそも利用可能なサービスが少ないこと、(2) 仮に利用できたとして、支払い手段(クレジットカード)がないこと、(3) 仮に支払いができたとして、コンテンツを十分に楽しむだけのデータ通信ができないこと、といった複数のハードルの存在が挙げられる。Amazonは存在しないので、僕が「元Amazonエンジニアです」と自己紹介をしたところで、十中八九伝わらない。Netflixは https://netflix.com/mw/ に飛ばされるので利用は可能なのだろうが、友人曰く「自分のような一般市民が持てるクレジットカードは制限が多すぎて、支払い画面で弾かれる」とのことである。どういう事情なのかはイマイチ分からないが、Spotifyは問題なく支払いができるらしい。いずれにせよ、動画・音楽といったメディアコンテンツを際限なく消費するだけの自由なデータ通信が許された人間は、果たしてこの国にどれだけいるのだろうか・・・。
データとステレオタイプ、その裏側をのぞく
以上、Digital 2023: Malawi を参考に、人口統計からデジタル化の実態、その影響と未来への期待・不安まで、直近1か月半の観測結果を元につらつらと述べた。データが語ることは物語の一側面にすぎず、だからこそ僕は、経験的に得られたコンテクストの理解を元に、僕のことばで語りたい。とはいえ、まだ僅か1か月半のあいだに一部の地域から得た限定的な知見しか持ち合わせておらず、ここまで書いた内容は過度な一般化を多分に含む。この理解の解像度を上げ、より細かな粒度で同様の議論ができるようになることが、残り任期11か月弱の間の目標のひとつだ。
1. World Population Review - Poorest Countries in the World 2023 によると、IMFおよびWorld Bankのデータに基づくマラウイの購買力平価 (Purchasing Power Parity; PPP) は世界ワースト第10位。 ↩
2. とあるWorld Bankのレポートによると、2021年時点で59%の雇用されている女性(男性は44%)が農業に従事しており、マラウイ最大の業界となっている。なお、その数は全体としては減少傾向にある様子だが、統計値に現れない地方農村部人口や雇用されていない労働者の存在も考慮すると、実態は定かではない。 ↩
3. あくまでWorld Bankの定義 "people living in rural areas as defined by national statistical offices. It is calculated as the difference between total population and urban population" に依るものであり、「農村部在住」の統一的な基準は存在しないことに注意。実際はもっと多いかもしれないし、少ないかもしれない。 ↩
4. 2023年時点のマラウイの最低賃金は国内どこでも共通で50,000クワチャ(約50米ドル)である。為替レートは激しく変動するものの、執筆時点では1米ドル=1,000クワチャの計算で概ね問題ないので、本記事では一貫してこのレートを採用している。 ↩
5. あるレポートでは、クレジットカード所有率1%未満と報告されている。 ↩この記事に関連する話題: デジタル・マラウイ:人道的かつ倫理的、そして持続的なテクノロジーのあり方
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最終更新日: 2023-09-10
書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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