2023年は物事の「深さ」に意識を向けて、10年ほど前から抱き続けている情報技術に対する“怖さ”に、腰を据えて向き合った。論文を読み、走り、旅をし、「現場」での実践と様々な人々とのインタラクションを通して、粘土をこねくり回すようにして、抽象的な問題意識を少しずつ具体化していった1年間だった。根底にあるのは、“持つ者”と“持たざる者”のあいだの歪なパワーバランスと、各種アプリケーションに内在されたコントロール・搾取の構造こそがその“怖さ”の正体である、という理解だ。
振り返ると、「情報の複雑さ」にまつわる重要な気付きを与えてくれた昨年末〜年始のメキシコ・アメリカ・日本での旅に始まり、紆余曲折を経てアフリカ南東の小国・マラウイにたどり着いた、なんとも不思議な1年だった。ほぼ毎週ブログを書いていた2021-2022年と比較したときに、その道程を月次で丁寧に(当社比)日本語・英語の両方でこのブログに書き留めることができたのは、物事の「深さ」という点においてひとつの大きな達成であると言えよう。オンライン・オフライン問わず、今年関わったすべての人々と、僕の稚拙なアウトプットに対してリアクションをくれた皆さんに最大限の感謝を。
▲ 12月、年内最後の仕事のひとつは、3か月間Pythonプログラミングを教えたマラウイの若者たちの「修了式」を執り行うことだった。
この世界を廻す、見えざる力である『情報』の流れ。あまりにも複雑で大きな力を生み出し、その恩恵にあずかっている僕ら情報技術者には、現状を絶えず観測してリスク低減策を講じてゆく「責任」があると、強く思う。さもなくば、パワーバランスはより一層歪なものとなり、搾取の対象となるユーザたちからは、自律性・人間性が失われてゆく。少なくとも僕は、こんなアンフェアな力学系を発展させるために情報・インターネットの世界に飛び込んだのではない。2023年は奇しくも、ChatGPTの台頭と大規模言語モデル開発競争を通してそのようなパワーバランスの是非について盛んに議論された1年間でもあった。
ここで僕が問題としているのは、結局のところ、情報のいち生産者・消費者としての「倫理」にまつわる話なのだと思う。そこで、上半期は特に情報哲学分野の文献を読み漁り、哲学概論のオンラインコースやポッドキャスト、関連書籍の助けも借りながら、いかにして個人と情報の間に「善い関係」が構築できるかを探求した。新しい分野を学ぶこと自体は楽しかったが、ひとりぼっちで“考える”というのは全くの筋違いで、先の見えない長い長いトンネルの中を闇雲に走り続けたイマイチな時期であったことも認めざるを得ない。
偉人や成功者が語る「ベストプラクティス」や文献に記載された「一般法則」は、社会・世界経済の本流から疎外された“持たざる者”には必ずしも当てはまらない。つまり「倫理」というものはコンテクスト依存の概念であり、その探究には異なる視点を持つ者・各環境に精通した者との対話と、システムの一部として自分自身が経験的に学ぶことが不可欠である。ゆえに僕は次の一歩として国際ボランティアとして「疎外された環境」に身を置くことを選択し、世界最貧国のひとつ・マラウイに来た。正直、全然楽しくないし、楽でもない。しかしそのぶん発見は多く、下半期は僕個人の経験と観測結果を元に、マラウイのデジタルリテラシー、データ保護、娯楽と幸福、教育の実態について考察した。
▲ 派遣元のカナダの団体・World University Service of Canadaによる、国際ボランティアデーに合わせての投稿。
ボランティアとしての任期は残り7か月。この貧しい国の未来を語るために必要な「倫理」・・・それは、“当たり前”のプロジェクト計画・遂行能力、長期的視点で“量”よりも“質”に投資するという考え方、ロールモデル(成功例)の存在、市場を刺激するだけの適度な競争、といった「人」と「経済」の変化に依存するものであると僕は考えている。ここで、以前言及した「サステナブル・キャピタリズム」という考え方にヒントがあるような気がしていて、いち個人・技術者としてどのようなアクションが起こせるかを目下思案しているところ。一方、先述の通り先進国の「ベストプラクティス」を愚直に持ち込んで解決する類の問題ではなく、そのような画一的なアプローチは世界中の植民地化と同化の歴史を想起させ最悪である。そんなわけで、マクロには、文化・歴史・経済・気候といった地理的な視点から情報とそれを取り巻くシステムを捉え直すことを2024年のテーマとしたい。
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最終更新日: 2023-12-25
書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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