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2021-07-20

『AIアルゴリズムマーケティング』は期待ハズレだったけど手元に置いておきたい一冊

AIアルゴリズムマーケティング 自動化のための機械学習/経済モデル、ベス トプラクティス、アーキテクチャ』、積読消化メモ。

一言でいえば、知識に物を言わせたイケイケエンジニアによる「わたしのかんがえたさいきょうのマーケティング最適化理論”入門”本」。第一章の次の一文が象徴的:

全体的には、次の式を理解できれば、問題なく読み進めることが出来るだろう。$\mathbb{E}[X]=\int^{\infty}_{-\infty}xf_X(x)dx$

お、おう・・・。

集合知プログラミング』の次の一冊になり得る実践的な何かを勝手に期待していたが、残念ながらそんなことは無かった。

教科書的な記述がメイン

全体を通して、機械学習・数理最適化の理論とマーケティングの諸概念を頑張って繋ごうという強い意思が読み取れる。しかし果たしてこの内容が響く層がどれだけいるのか、謎である。冒頭に「マーケティング責任者の必読書」や「想定読者はプロダクトマネージャー」といった記述があるが、正気か・・・?基礎体力が無ければ、第二章から早速置いていかれると思うのだけれど。

また、野心的な構成にも関わらず抽象と具体のバランスが取れておらず、必要以上に理解を困難にしている印象さえ受けた。むしろ、これほど分かりづらく基本の機械学習アルゴリズムたちを説明する方が難しい気がする。大まかな概念の説明の後にはすぐに数式が現れ、論文や学術書を呼んでいるような気分。

何よりも、最初から機械学習を使うことが前提なのがいただけない。それよりも平易な、ルールベースでも通用する“山椒は小粒でもぴりりと辛い”な世界は確かに存在するのだ。マーケティングという分野に目を向けると尚の事である。

結局は前処理が最も重要なステップであり、Job Titleという限定されたドメインの中での話なので、クラスタリングも単純なルールベースで案外十分だったりする。Job Titleの前処理&クラスタリングをどうやって実現するか問題

ルールベースで対応できる案件かもしれないし、自然言語処理という名の正規表現で十分なときだってある。数式だって必ずしも微分積分する必要はない。あなたの考える根拠のないファンシーな手法よりも、そっちのほうがずっと現実的で人工知能“らしい”ものになるかもしれませんよ。ルールベースは『人工知能』か

「手法は可能な限りシンプルなところから始めるべきで、あなたが持ってきたステキなアルゴリズムは誰にも理解できないし、サービスの一部として容易にはスケールしない」Hivemall, Digdag, 自然言語処理, 機械学習などについて話しました #tdtech

網羅性はすごい

とはいえ、トピックの網羅性には眼を見張るものがある。線形モデルからword2vec、Learning to Rank、果ては需要予測まで、広範かつ有用な機械学習モデルをまんべんなくカバーしている。さらに、「モデルを作って終わり」ではなく、フィードバックループの構築・自動化(のためのアーキテクチャ設計)を議論している点が特にいい。

顧客セグメントを切り、ターゲティングを行い、ライフタイムバリューを予測し、ユーザジャーニーを最適化する—そんな実問題を、今やデータサイエンティスト・機械学習エンジニアの一般教養となった種々のテクニックによって解決しようというのだから、ワクワクせずにはいられない。

だからこそ、大部分で理論の解説に徹してしまっている点が本当に惜しい。本書の用語を借りるのであれば、「記述的アナリティクス」を蔑ろにし、「予測的アナリティクス」に基づく「処方的アナリティクス(意思決定最適化)」に終始している点が非常にモヤモヤする。読了後に得られる実践的な知見は、特徴量エンジニアリングの具体例がせいぜいだ。

“明日”のためのリファレンスとして

Amazonの平均レビューを見ると4.0を超えていて、なぜこんなにも高評価を得ているのか、正直個人的にはとても謎な一冊である。しかし「定番の機械学習アルゴリズムがマーケティング文脈でどこに応用できるか」のリファレンスとして、大変有用な文献であることは確かだ。ハイブリッドモデル型推薦の章などで「ここでそれ紹介する?」みたいなニッチな言及もあるが。

需要予測、動的管理、店舗配置最適化といったマーケティング上の実問題にはアルゴリズム的解法が存在し、僕らは決して真っ暗闇の中にいるのでは無い。巨人の肩の上に立つことで、こんなにも多くの選択肢が得られるのだ!そんな本書のもたらす“安心感”こそが、僕らを前に推し進めてくれるのだと思う。

その点においては、中途半端なビジネス書でテキトーな”AI”を語るよりもよほど真摯な内容であったと言えよう。一読して明日から業務に使える、といった類のモノではなかったが、いつか訪れるその時のために手元に残しておいて損はなさそうだ。

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最終更新日: 2022-01-18

  書いた人: たくち

Takuya Kitazawaたくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。

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