Amazonのビジネスモデルから大切なことを学びましょう、といった趣旨の本を読んだ:
いろいろなビジネス書やえらい人の講演で断片的に語られる、聞けば(フムフム)と思える程度の内容がコンパクトにまとまっていた。新しいことをはじめるときに、チェックリスト的に使えそう。
ちなみにタイトルの "IoT" は釣りで、トレンドにのっただけのように思えた。読者の興味がIoTにあるか否かに依らず、広く応用できそうな真っ当な話が多い。
Customer Obsession
前提知識として、Amazonでは "Customer Obsession"(お客様第一)という全社的な理念があることを覚えておきたい。どんなときも「なにがお客様のためになるか」という視点で会社(ビジネス)の向かう先や、社員の行動が決定される。この本で語られる成功のための10の法則も、究極的にはすべてこの考え方に通ずる。
「そりゃお客様を大切にしない会社なんて無いだろう」という話ですが、こういうシンプルな基準を自分(自社)の中にしっかりと持っておくと、道に迷ったときに進むべき方角が明確なので大変よろしい。特に大規模な組織ともなれば、会議で意見がぶつかることや、事業が迷走することもあるだろうし。
そんな Customer Obsession を(きっと)体現しているAmazonのビジネスモデルから学ぶ、10の法則の私的メモ。
1. Reinvent Customer Experiences with Connected Devices
- IoTの文脈でも「デバイス同士がつながることが、いかにお客様の問題解決の一助となるか」という視点を持ち続けたい
- しかしまぁ、まずは "with Connected Devices" (IoT) は忘れて、いまのサービスのユーザ体験をしっかり再設計・最適化することから始めようね
- そして、ひとつのサービスが地に足ついたところで、一歩引いた広い視野で次のステップを考えてみよう
- AmazonはECの会社だけど、もはやECサイトのデザインや品揃えは最適化され尽くしていて、ユーザの大きな不満とはならない
- だから、その次は違うフィールドでイノベーションを起こした
- Amazonの場合は、そこで初めてドローンのような "Connected Devices" が出てきた
- 最適化し尽くしたかに思われた買い物体験は、これによって再び“再発明”されることになる
継続的に全く新しいユーザ体験を提供し続けることの大切さと、そのときに "Connected Devices" が非常にいい仕事をするという話。
ただし、現実はそれほど単純でもない。ドローン配送に対するぼくらの驚きは、単なる『物珍しさ』に依る部分が大きいはず。物珍しいモノを“当たり前”にして、その後の世界で更なるイノベーションを起こす…終わりなき旅ですなぁ。
こういう話があると、AWSの "re:Invent" というイベント名がとても味わい深いものになる。
2. Enabling Customers Anytime, Any Way
- "A connected experience, not just connected devices"
- Amazon, Audi, DHLが協力した事例がおもしろい
- Audiの車を持っていると、Amazonで買った商品が自分の車のトランクに配送される
- お届け時間とか、ドアの前に置かれた荷物が盗まれていないかとか、そんな心配する必要はもうない
- 配送がある日、一定時間だけ車がじぶんの所在地を発信する
- DHLのトラックが車を見つけて、ワンタイムパスを入力することでトランクをあける
- 荷持を入れたら閉める
- もう第三者にトランクは開けられない
- Audiの車を持っていると、Amazonで買った商品が自分の車のトランクに配送される
宅配ボックス使えよというツッコミは無しです。
IoTに限った話ではないけど、トレンドに乗っただけの安易なプロダクトは結局“おもちゃ”にしか成り得ないのだと思う。0→1は流行が後押ししてくれても、1→10→100になるためには、エンドユーザの存在としっかり向き合って「彼/彼女らに最高の体験を届ける」と強く想うことがスタート地点。
3. Relentless.com - Continuous Improvements via Connected Devices
- AmazonはもともとRelentlessという名前だった
- relentless.com に行くと amazon.com に飛ばされる
- 名前こそ変わったが、絶え間なく改善を続け、イノベーションを起こす姿勢はまさに "relentless" そのもの
- IoTは絶え間ないリアルタイムなデータ収集を可能にする
- これもまたrelentless
- もう手動でちまちまデータを集める必要はない
- Sig Sigma: データ駆動で工程中の欠陥をなくすための5ステップ
- Define, measure, analyze, improvement, control
まさに "KAIZEN" ですね。「特にIoTビジネスの場合は、KAIZENのスピード感が段違いだぜ」ということだろう。もう僕らには回らないPDCAなど不要なんだ…!
4. Do the Math - How IoT Enables Better Insights and Analysis
この章がいちばん良かった。
- アルゴリズムとして表現できないのならば、あなたはその問題を本当に理解したとはいえない
- Amazonの社内MTGで誰かが「Salesforce.comが世界最大のCRMだよね」と言ったら、「何言ってるんだ!Amazonこそが世界最大のCRMを提供する会社だろう!」と反論した人がいた、という話
- まるでCRMの会社のように、Amazonはお客様をとりまくデータを管理・解析して、彼らとデータの“関係”を最適化しているということ
- "In God We Trust. All Others Must Bring Data."
- 新しい機能や製品をいかに評価するか?
- 意思決定の軸を定義する
- いまどうやって意思決定がなされているか、本当はどうあるべきか
- その軸に沿った数式を立てる
- そのために必要なデータを収集する
- そのデータと数式で意思決定を進める
- 意思決定の軸を定義する
- データ収集の際のポイント
- データが適切な粒度であること
- データを集約、要約することはできるけど、一度荒くして元データを捨ててしまえば、詳細に戻ることはできない
- データはリアルタイムで収集できること
- "IoT is the A/D world converter" と言える
- 積極的にIoTデバイスを活用しよう
- データが適切な粒度であること
- 多くの場合、最良のアルゴリズムとはとてもシンプルで、ルールベースだったりする
- そして、それが実際に人間の意思決定を加速させる
- Q. いかにしてビジネスを始めるか? A. "Do the Math"
- 例: 家の修理を請け負う会社のひとが、技師のスケジューリングに悩んでいた
- 現状:お客さんは依頼してから10日も待たなくちゃダメで、よくない&ビジネス的にも見通しが悪い状況
- 仮説:ひとりの技師が1日にさばける案件の数を見積もることができれば、長期的にスケジュールを最適化できるのでは?
- というわけで数式を立てる
- 変数
- 技師が1つの仕事を終えるまでの平均所要時間
- 技師が仕事場Aから仕事場Bに移動するまでの平均所要時間
- 1回の訪問で修理がすべて終わる割合
- 最終的に得られた式:
1日にこなせる仕事のキャパ = (8 * 1回の訪問で終わる割合) / (1つの仕事の平均時間 + 平均移動時間)
8
は1日の労働時間- ここで、それぞれの変数を埋めるためにデータを収集した
- そして最終的に、8時間労働の場合、1日あたり
(8 * 0.75) / (2 + 0.5) = 2.4
件の仕事ができるとわかった
- 変数
- この例から言える、"Do the Math" の実践手順
- 処理やユーザ体験の鍵となる指標を定める
- 今回は『ひとりの技師が1日でできる仕事のキャパ』が鍵
- その指標を細分化する
- 『1日のキャパ』に影響する変数を選ぶ
- 数式をたてる
- 処理やユーザ体験の鍵となる指標を定める
- 一番最初のステップが職人芸で難しい
- “現状”(自分の会社や自分自身が置かれている環境)の深い理解が何よりも重要
- 数式の先に、完璧な自動化が存在するのか?
- 人間の強みは変化に対する高い適応能力
- 創造的であったり、臨機応変な対応を要するタスクに長けている
- (まぁ最近はアルゴリズムでもできそうな勢いだけど…)
- 一方、ロボットはシンプルな処理の繰り返しに強い
- だから、考えるべきは "robot"(完全自動化)ではなく "cobot"(人間と協調するロボット; collaborative robot)
- 人間の強みは変化に対する高い適応能力
世の中のデータサイエンティスト諸氏が真っ先に知るべき内容が詰まった章、と言っても過言ではないような。
まずは、経験と勘で語られる“現状”(問題の背景)を深く知り、理解する。データが全てを物語るからと言って、先人の知恵をバッサリ切り捨てていいとは限らない。結局のところ、人間ありきの問題なんだから。
そして、山椒は小粒でもぴりりと辛いので、恐れずにできるだけシンプルなところから解決策を考える。このとき、解決策は数式のカタチで表現できなければならない。このとき無理に微分積分しなくてよろしい。
データの粒度はなかなか難しい問題。特にIoTの文脈だとデータは絶えず増え続けるので全てを保持するわけにはいかず、かと言ってsingle-passな(処理したら元データはそのまま捨てる;近似値だけが残る)アルゴリズムを過信するのも怖い。だからこそ、実サービスで採用されるアルゴリズム、アーキテクチャの多くはバッチ処理とストリーム処理のハイブリッドなんだ。
5. Think Big, but Start Small
- IoTでイノベーションを起こすには、壮大かつ強固なビジョンが必要
- でも、そのビジョンに近づくためには小さく始めて学んでいく、アジャイル的アプローチが必要
- Minimum Viable Product (MVP) を早く作れ
- リーンスタートアップでも言われていること
- 仮説を検証するための、ざっくりとしたモック(=それほど技術的チャレンジはない)
- その次にプロトタイプ
- こっちはもっと技術にフォーカスして、ある程度作り込む
- Amazonのこれまでの失敗の中で、特に“良かった”のは Fire Phone
- ベゾス的にはFire Phoneも数あるAmazonの試験的プロジェクトのひとつにすぎず、失敗は良い学びの機会だという考え
- 改善やピボットの余地をまだまだ残した、実り多いプロダクトだった
- 改善を繰り返した先にあるスマートデバイスの1つが Amazon Echo
つまり「ケンカに勝つにはアツいハートとクールな頭脳だ」ということだと思います。
6. How to Become a Platform Business Using the Internet of Things
- 世界一のサービスをつくりたければ、あなたのビジネス自体が他の誰かのビジネスの成長を支えるような、プラットフォームビジネスを始めなさい
- Amazonマーケットプレイスはその一例
- アーティストとファンが曲という媒体でつながるiTunesもその好例
- AmazonのAlexaもプラットフォームビジネスと言える
- Uber, Garage.io, Ford など、サードパーティのベンダの製品と連携している
- AlexaをOSのようにライセンシングして、各社が自社製品に自由に組み込める仕組みがある
- プラットフォームは、外部の開発者によってカスタマイズ可能なシステム
- =APIが提供されている
- オリジナルの開発者が想像していなかったようなニッチなユースケースにまで使われる可能性
- ドッグフーディングをしましょう
- Amazonのリテールビジネス自体がAWSの上で動いていて、スケーリングやセキュリティ周りの機能など、様々な発想は自社の課題から生まれた
- B2Bはまだイノベーションを起こす余地がある
- ただし、プラットフォームビジネスで本当に成功するまでには時間がかかる
この話を聞いてどの会社のどんなサービスをイメージする?はたして、そのサービスの創業者たちはこれを全てわかった上でそのビジネスモデルを作ったのだろうか。
いずれにせよ、なにか相互作用の生まれる“場”をつくることは偉大だとおもう。『Twitterの“場”としての雰囲気』という話を過去の記事で書いたけど、そういうことなんだろうな。うんうん。
7. The Outcome-Based Business Model
- サービスが提供する”結果”に対価が支払われるようなビジネスはIoTと相性がいい
- self-monitoring機能をウリにしたビジネス
- 自分でモニタリングして部品の交換時期を知らせてくれる機能
- 時期を見計らって消耗品を購入してくれるAmazon Dash
- subscriptionモデル
- 家の防犯デバイス(カメラ)を、録画データとストレージの抱合せでサブスクリプション的に売る
- as-a-serviceモデル
- self-monitoring的に、サービスそれ自体が自動でスケールする
- AWSとかその例
- self-monitoring機能をウリにしたビジネス
便利だから使う。使い続ければ依存する。そうやって見事にロックインするタイプのヤツら。
ずる賢いモデルだよまったく(褒め言葉)。
8. The Data Is the Business Model
- IoTデータは新たなビジネスの可能性
- APIで開発者たちもその恩恵を受けられる
- とはいえ、エンドポイントの増加とネットワークの拡大に伴ってセキュリティはとても重要な課題
- "Getting privacy right will win your customers"
データそれ自体が価値を持つ時代だからこそ、セキュリティを制するものがビジネスを制する。
話はデータ収集の段階から既にはじまっていて、プライバシーポリシーにしれーっと「端末からログを集めます」と書いてあったりするのはよくある話。そしてその先にある通信、ストレージ、アルゴリズムというあらゆるステップでセキュリティやプライバシーが問題になる。
9. Disrupting the Industry-Value Chain
- イノベーションと成長は、継続的な探求と戦略的な賭けによってもたらされる
- いまあるビジネスから始めて、そのバリューチェーンの上や下をみてみよう
- Amazonがやったように、ある業界に1つのビジネスポイントから入って、その後で上流や下流を見てみる
- "launch and learn strategy"
- 入る→その業界を学ぶ→競合・新たなチャンスを見つける
- 今いる業界について、競合やチャンスの可能性を常に自問自答する
これは結果論な気もするけど…たしかに1つの安定・成功したビジネスで満足しないことは重要。常にチャンスを求めて、継続的に新しいモノを提供する。これは1つ目の法則につながる話。
10. Synergies of the Flywheel
- コアビジネスから生まれる相乗効果
- Amazonのコアとなっているのは、長期に渡って培ってきたリテール、マーケットビジネスにある
- Amazonのすごいサービスたちの紹介
- コア (flywheel) があれば、
- 業界を広く深く理解し、チャンス、リスク、死線を知ることができる
- 戦略を立てて、アクションプランに優先度をつけることができる
- 第三者の他のビジネスとの連携が可能なモデルがつくれる
法則9と言ってることは似ている。Amazonがこの先どんな進化を遂げようと、それはすべて『オンラインショッピングサイトとしてのAmazon』があってこそのモノ。
多くのビジネスは flywheel を持つことすらできない。そこが一番難しい。そのためのヒントがここまでに語られた IoT × プラットフォームビジネス × B2B × 堅牢なセキュリティ × ... という話なんだろうけど…まぁ現実はそんなに単純な“数式”ではないわけで。
おわりに
- さあ、IoT戦略とプランをたてよう
- "the essence of strategy is choosing what not to do"
- "thinking big" != "betting big"; 大きなビジョンに対して、少しだけベットして、その考えを確かめよう
- ベゾスは新しいプロダクトを出したり、方針を変えたり、変化をするチームに "future press release" を作らせる
- シンプルかつ明確な(これから開発する)プロダクトのアナウンスを作ることは、ビジョンを明確にすることに繋がる
- 鍵となる機能をみつけ、成功までの道のりを具体的にイメージ
- シンプルかつ明確な(これから開発する)プロダクトのアナウンスを作ることは、ビジョンを明確にすることに繋がる
『Amazonの推薦システムの20年』を書いたタイミングで誰かにオススメされたのがこの本だった気がする。思った以上にビジネス書だし、序盤「おいおい“Amazonスゲー”って話が延々と続く本か?」と不安になったけど、振り返ると「まぁ意外と悪くなかったかな」という気分です。
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最終更新日: 2022-01-18
書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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