プロダクト開発者として、自分たちのつくっているものが本当に世の中にとってプラスになっているのか、という疑問が常にある。世の中を微妙な方向へ押しやることに加担しているのではないか、と思うことさえある。
たとえばアドテク。リアルタイムでデータを捌き、高度なアルゴリズムがコンテンツを最適化する世界。技術的にはとてもおもしろい 1。しかし、オンライン広告それ自体がエンドユーザに届ける価値はいかほどのものか。
たとえばレコメンド。膨大な履歴から類似商品やユーザの傾向を読み取り、パーソナライズされた商品棚をユーザに提示する。とても奥が深い分野だ 2。しかし、その商品棚が我々に新たな驚きや感動を与えてくれることは稀であり、多くは自明かつ退屈な、無機的な“おすすめ”を見るに留まる。
技術的に優れたシステムでも、それが真に価値を生み出すかは別問題だ。逆もまた然り。エンドユーザのこれまでの常識が覆るような、とても素晴らしい体験を物凄く単純なアプリケーションが提供することだって不可能ではない。
「ルールベースは『人工知能』か」という記事で、流行りの"AI"を真にAIたらしめるのは、アルゴリズム的複雑さではなく、その“ふるまい”にあるのだという話をした。
結局のところ、カギを握るのはテクノロジーそれ自体ではなく、それを覆うデザインにあるのではないか、ということだ。
では、どうすればテクノロジーの独り歩きを回避し、そのような真に優れたシステム、ユーザ体験を創ることができるのか。その答えの一端を、書籍「小売再生―リアル店舗はメディアになる」に見た。
キーワードは『ストーリー』だ。
ブランディング=信者をつくるための“フィジタル”ストーリーテリング
リアルでもネットでも、僕らは日々なんらかの購買行動をおこしていて、いまやそこには当たり前のようにテクノロジーの存在がある。リアル店舗ではPOSデータが収集され、オンライン店舗ではアルゴリズムが広告・商品配列を最適化し、ふたつの世界は会員IDとスマホアプリでつながっている。
一方で、組織は顧客体験のデザインに力を注ぐ必要もある。購入前後のオンライン/オフラインでのコミュニケーションや実店舗での購買体験、商品の見栄えなどを洗練させることで、それが自らの競争力となる。
このように、サービス提供者はテクノロジーの高度化とデザインの洗練を並行して推し進めてきた。そして、この接点で生まれるものこそが、エンドユーザに届く『ストーリー』となる。換言すれば、これはプロダクトが提供する唯一無二の価値、プロダクトのアイデンティティでもある。
「小売再生」で語られているのは、この『ストーリー』を適切なかたちで発信し、人々の共感を得ることがリテール業界で戦う者の生存戦略としていかに重要であるか、という事実である。
身近な例としては、サステナビリティの文脈で発信を続け、一貫したブランドイメージ構築を図っているパタゴニアが挙げられる。
ブランディングは、自らのキャラ付けと効果的なストーリーテリングによって達成される。そして、聴衆は己の考え方の代弁者となりうるブランドに惹かれ、信者(顧客)となっていくのだ。
この先人口割合の多くを占めることになるミレニアル世代は、共感を伴わない平々凡々とした体験を望まない。なんといっても、日々SNSを駆使し、ネット上のインフルエンサーや人気YouTuberに傾倒し、それがリアルの購買行動やイベント参加にダイレクトに結びつく世代だ。信者をつくれないプロダクトが死に絶える未来はそう遠くないだろう。
本書では特に、フィジカルとディジタルの各チャネルにおけるストーリーの伝え方に焦点を当て、両チャネルを効果的に利用した『フィジタル』なストーリーテリングの重要性を説いている。
ディジタル(オンライン媒体)でWeb, メール, ソーシャルネットワークを通して顧客とのコミュニケーションを行い、フィジカル(実店舗)で“体験”の場を提供する。Instagramで企業アカウントから個人宛に直接メッセージやコメントが飛んでくることも珍しくないし、ロボットや顔認識、CGや3Dプリンティングを駆使したオーダーメイド発注といった革新的な体験ができる実店舗も増えてきている。いずれもフィジタルストーリーテリングの一環と言える。
テクノロジー&デザインの一体感
しかし、そのようなオンライン、オフラインの両チャネルを駆使したマーケティング戦略は、多少先進的なブランドであればどこだってやっている。そして、一歩先を行くプレイヤーと張り合うために、業界全体が今後似たような方向へと向かっていくことも想像に難くない。では、どのようにこのコモディティ化の波を乗り越えるのか?これこそが「小売再生」のテーマであり、そこに真に価値を生み出すプロダクトを創るためのヒントがあるはずだ。
ここで議論は、あの「テクノロジーの独り歩き(あるいは、デザインの独り歩き)」問題に帰着する。
コモディティ化した“最先端”小売サービスの世界では、先の図が表すように、テクノロジーとデザインがたまたま噛み合った場合にのみ、部分的にストーリーが生まれているに過ぎない。これは、多くの組織が未だデザイナーとエンジニアを二分して考え、両者の職務範囲を明確に区別している事実からも容易に説明できる。
どれだけ最先端の画像認識技術、IoT機器を店舗に導入しても、自然な顧客体験に繋がらなければ意味がない。一方、どれほど素敵な外見のサービスでも、遅延があったり、精度が低かったりしてはガッカリだ。その意味で、両者のバランスや一体感が重要なのだが、世のプロダクトの多くはそれがうまくできていない。
ゆえに、価値を生み出すプロダクトに必要なのは、『ストーリー』を軸に据えるのはもちろんのこと、そこに技術とデザインが渾然一体となった実装がなされることではなかろうか。
ストーリー駆動で届けたい体験をデザインし、それを適切な技術で実現する。ストーリーありきのデザインであり、デザインありきのテクノロジーであるべきなのだ。
「イノベーションのジレンマ」で語られる破壊的技術の恐ろしさ―その本質は、新たな技術がデザインの可能性を内側から押し拡げることにあるのかもしれない。
破壊的技術を使えば、これまで不可能だった様々なインタフェース、システム、アプリケーションが実装できる。これはそのままプロダクトの持つ表現力となり、より多様かつ効果的な手段でストーリーを伝えることが可能になる。
やれAIだ、やれブロックチェーンだと、破壊的技術を使うことだけが目的になってはいけない。それこそが、テクノロジーだけが先走った、中途半端な製品を生み出す根源なのだから。
すなわち
世の中にとってプラスになる、真に価値のあるプロダクトであるための前提条件、それは伝えるべき『ストーリー』を持つこと。
そして、フィジタルなストーリーテリングを実現するための手段としてのデザイン、デザインに命を吹き込む道具としてのテクノロジー、という意識で開発に臨むことが大切なのだろう。
具体的にどのようなチームで、どのようなスキルを駆使してそのようなプロダクトを実装するのかという話はまたの機会に。ここではそれに先立ち、田川欣哉・著「イノベーション・スキルセット~世界が求めるBTC型人材とその手引き」を参考文献として挙げておく。
なお、冒頭のモヤモヤとした感覚の言語化および書籍「小売再生」「イノベーション・スキルセット」への言及は、TAKRAM RADIOの関連する各回の内容に触発されてのものである。
1. ストリームデータ解析の世界 ↩
2. Amazonの推薦システムの20年 ↩この記事に関連する話題: プロダクト開発者に求められる、これからの「倫理」の話をしよう。
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最終更新日: 2022-09-02
書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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