「たぶん今なら何でも感動できるので、“普通のヨーロッパ旅行”でもしますか」
コロナ禍で有効期限が延長されていた大量のANAマイルがついに失効してしまうということで、北米在住の友人と都合を合わせて、北ヨーロッパを訪れることにした。年末年始に行ったエチオピア、UAE、エジプトに次いで2度目の、世界最貧国のひとつ・マラウイから行く海外旅行である。空港へと続く道路沿いに見るマラウイの日常、渡航先の都市名がどこなのか一切わからぬまま手続きを進めるチェックインスタッフ、荷物検査と称して財布を開けて金銭を要求してくる警察官とのやりとりを経て、空港ラウンジで静かな時間を過ごし、搭乗、機内食の提供がなされるまでの一連の体験から、自分がいかに恵まれているかを実感させられる。
今回は、まずエチオピア・アディスアベバ経由でドイツ・フランクフルトへ飛び、さらに飛行機でエストニア・タリン、フェリーでフィンランド・ヘルシンキを訪れた。そこで友人と別れて、ひとりフェリーでスウェーデン・ストックホルム、鉄道でデンマーク・コペンハーゲンへと進み、約2週間かけてバルト海沿いの大都市を一通り満喫した。おいしいコーヒーとクラフトビールがたくさん飲めて大満足。
どこにいてもできるようなことを場所を変えてやっていただけなのだが、その非日常的日常がとても愛おしい。気温0〜5度の心地よい寒空の下を、何者にも阻まれずに10キロ以上走ることができる。これに勝る幸福など、果たしてあるだろうか?自然かつ多様な都市設計、公共の場の清潔さ、サービスのスピードと質、WiFiの存在、食べ物のフレーバーの豊かさ。世界はこんなにも温かく、便利で、色鮮やかだったのか。
▲ コペンハーゲン中心地にある湖沿いでのランニングは、自分をリセット・チューニングするのに最適な至福の時間であった。
中でも特筆すべきは「他人の視線を一切感じなかった」ということ。この点において、マラウイはかなり生きづらい。“白人”である僕1が外に出れば、常に他人からの好奇の眼差しにさらされ、時に大声で「チャイナ!」と呼ばれる2。また、「ガイジン」に対するステレオタイプに基づいて、僕の置かれているであろう経済・社会的状況、持ちうる思想、取りうる行動について断定的な発言をされることもしばしば。これを「フレンドリーなだけだよ」と納得する人もいるが、僕にとってはシンプルに差別である。
一歩ひいて冷静に観察すると、彼ら彼女らに悪意がないことは自明であり、おそらく「人種差別」という概念すら大衆に浸透していないことがわかる。また、僕らだって「当たり前」に思える言動によって無意識的に誰かを傷つけてしまっている可能性があるわけで、ステレオタイプやバイアスそれ自体を責められたものではない。とはいえ、場所を変えるだけでこんなにも簡単に「アジア人」や「ガイジン」といったラベルを貼ったり剥がされたりしてしまうと、国や社会に対する帰属意識というものが揺らぎ、自分というものがとても脆く曖昧な存在に思えてくる。
僕は紛れもなく日本人であり、たとえ日本に居住していなくとも、こころの拠り所は常にそこにある。しかし、カナダの永住権保持者・個人事業主・国際ボランティアとして、今この瞬間の「僕」の構成要素の50%以上はカナダ由来であると自認している。特にここ数年、飛行機から降機した瞬間の「ああ、帰ってきたなぁ」感では圧倒的にバンクーバー国際空港が羽田・成田に勝り、"Where are you from?" と聞かれれば("originally from" の文脈でない限り)"Canada" と即答する。一方、物理的な家はここアフリカ・マラウイにあり、しかし首都・リロングウェの空港に降り立った瞬間、あるいはそこからバスで5時間かかる自宅までの帰路で「帰ってきたなぁ」と感じることはまだない。
▲ マラウイは本当に美しい。しかしそこに住む人々、あるいはビジネスの姿勢・マインドセットが僕のこころをざわつかせる。裏を返せば、それが国家における貴重な投資・成長機会であるとも言えるのだが。
フランクフルトのカフェで、タリンのブリュワリーで、ヘルシンキのサウナで、ストックホルムの公園で、コペンハーゲンの美術館で、その居心地のよさに身を沈めながら、そんなふうにマラウイの「居心地の悪さ」を基準に自分を定点観測していた。まあ、コペンハーゲンでカールスバーグのビール博物館を訪れて、その膨大なビール瓶コレクションから必死にマラウイのビールを探してしまう程度には、この国が今の僕の世界の中心になっているのだが。
マラウイを諸外国と比較・相対化して語ることにあまり意味はない。それでも、「外」との相互関係の上に複雑に成り立つ国際社会というシステムの中では、そこに生じる確かな差異や違和感を見逃してはならい。この、個(N=1)に紐づくコンテクストとシステム全体のうねりをいかに関連づけるか、そして個人・組織レベルの具体的なアクションに落とし込むか、という問いについて、日本、カナダ、マラウイ、その他諸外国での自身の経験をかき集めて試行錯誤する日々だ。直近では、政治家からNPO、国際機関まで、マラウイ国内のテクノロジー関連のプレイヤーが集うイベントで、次のようなワークショップを実践した。
たとえば「イノベーション」という話題ひとつとっても、それに紐づく“変数”は数多あり、テクノロジー、スキル開発、インフラ、法整備、研究開発、資金援助などが相互に影響を及ぼし合っている。ゆえに、そこに効果的なアクションを定義づけるには、議論の「コンテクスト化」によってアプローチ・優先度をマラウイに最適化することと、中長期的目線にたって、協調に基づくシステム全体の「持続可能性」に焦点を絞ることが重要ではないか。
🤝Thriving discussion on Tech & Innovation in Malawi! 🇲🇼
— AfriLabs (@AfriLabs) April 5, 2024
Just wrapped up a fantastic meetup at mHub Lilongwe, exploring the current landscape and future potential of Malawi's tech scene.
Key highlights:
- Inspiring welcome remarks by Wangiwe Joanna Kambuzi, MD Mzuzu E-Hub.
-… pic.twitter.com/IMPazlulsY
この世界は複雑で、時に醜く、それでもどうしようもなく魅力的だ。その中で自分がどこに帰属するかを問うこと、そしてある場所を中心に「こっち」と「あっち」を区別することには、たぶんあまり意味がない。それよりも、そんな自分のあやふやさ、流動性を祝福し、こころを拓いて目の前の課題に取り組もう。結局、そういう結論になってしまうのだ。
ヨーロッパからマラウイに帰ってきて、最寄りのバス停から家までとぼとぼ歩いていると、日中にも関わらずその静けさに驚く。その夜、家の前でふと空を見上げると、そこには息を呑むほど美しい星空が広がっていた。9か月間住んでいても、ある状況に置かれるまで全く気づかなかった魅力というものが、目と鼻の先にある。思うに、国際開発に参加することの面白さは、そんなふうに影を照らし、点と点を繋げ、価値観を再構築する営みの中にある。そして、対話、連携、協調、協力によってそのプロセスを“ハック”できるのだという気付きが、明るい未来の具体的なデザインを可能にする。
1. 現地語のチェワ語には "Mzungu" という語彙があり、これは「白人・西洋人」を意味する。ただし多くのマラウイ人にとって白人と黄色人種の差異は明確でないらしく、広く「非黒人・よそ者」の意味で用いられている印象を受ける。特に子どもを中心に、外を歩いていると "Mzungu! Mzungu!" と寄ってたかって指を差される。 ↩
2. 東アジア系の顔を見た時に中国人であると予想するのは、中国の世界第2位の人口を考えれば統計的にロジカルなのだろう。しかし、いかなる理由であれ、他人のアイデンティティを当人の確認なしに断定することは“差別”であると、僕は考える。 ↩この記事に関連する話題: デジタル・マラウイ:人道的かつ倫理的、そして持続的なテクノロジーのあり方 ソフトウェアエンジニア、カナダに渡る。
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最終更新日: 2024-04-30
書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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