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2024-05-27

インターネット普及率30%未満、世界最貧国のひとつで"DX"を語る。

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  この記事に関連する話題: デジタル・マラウイ:人道的かつ倫理的、そして持続的なテクノロジーのあり方 プロダクト開発者に求められる、これからの「倫理」の話をしよう。

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デジタルトランスフォーメーションを推進したいのなら、そう、まずは対象となる人々やビジネスを理解することから。あなた方が語る「顧客」や「ユーザ」、「国民」は、大都市にあるこの大きなカンファレンスホールの中になど居ないのだから—。

今月、マラウイの首都・リロングウェで開催されたICT Association of Malawi(ICTAM)主催のカンファレンスでの招待講演を、僕はそう締めくくった。この国のデジタル化を考える度に真っ先に思い浮かぶのは、地方で触れ合った若者たちの笑顔の裏に見え隠れする必死さであり、明日を生きるための収入を確保するのに精一杯な身近な人々の姿であり、過ぎ去った(または差し迫った)苦悩と寄り添いながら、それでも今を全力で生きるコミュニティの力強さである1。他方、裕福な大人たちが高い参加費を支払って参加するこのようなカンファレンスの場には、そのような生々しさがない。

道路や電気、ガス、水道がそうであるように、ICTは今や最低限担保されるべきインフラだ。そして読み書き算数がそうであるように、ICTは現代を生きる人々の一生を左右しうるリテラシーでもある2。そんな差し迫った課題について、主体となる『ひと』抜きでいかにして進歩が望めようか。

たとえば、ある個人・企業・政府がAI技術を語るとする。しかし、なぜ?どのようなロジックで?誰のために?あなたは一体どこにいて、いつの話をしている?このような技術応用にまつわる「そもそも」を問う姿勢は、トレンドの変化と進歩のスピードの陰に隠れて見落とされがちだ。その結果待ち受けているのは、単にビジネス・政治的な失敗にとどまらず、対象となった『ひと』のメンタルヘルス不全、搾取と不平等、気候変動などであり、影響は多岐に及ぶ。インターネットや情報の流れはどうしようもなく“物理的なもの”であり、それが僕らの“現実”を構成しているのだ。

皮肉なことに、招待講演でこんなふうにICTの物質性について話した直後、アフリカ大陸東部のインターネットが海底ケーブル切断によって“物理的に壊れた”。ソーシャルメディア、検索エンジン、地図、ATM、クレジットカードなど、ありとあらゆるサービスへのアクセスが一時的に遮断され、一瞬にして“現実”のカタチが変わってしまったのだ。技術は有形なのだと思い知らされる、なかなか味わい深い体験であった。

zanzibar ▲ インターネットが壊れた時、僕はタンザニア・ザンジバルにいた。タンザニアは今回の海底ケーブル切断事故の影響を最も強く受けた国であり、カナダでの電気・ガス・水道・ネットなしカヤックの旅を思い出すほどに何もできなかった。なので、ぶらぶら町を歩いて、インド洋をダラダラと眺めながら時間をやり過ごした。インターネットがなくても、僕らは十分豊かになれる。

ICTを語る時、この美しい世界の深淵に“触れている”のだという感覚がある。だからこそ、僕は技術応用の前提にある「そもそも」にこだわるのだ。最近受けたInternational Finance Corporationのインタビュー3でも、そのような視点から基本的なインフラ・リテラシーの重要性を強調した:

「マラウイでのデジタル化を加速させるためには、リテラシー教育が非常に重要だと思います」と、Mzuzu E-HubのICTアドバイザーである北澤拓也氏は言います。彼は、マラウイにおけるデジタルイノベーションが成功するためには、まずデバイス、ネットワーク、教育の普及という複合的な課題に取り組む必要があると強調しています。「リテラシー教育がなければ、誰もビジネスのために技術をどのように使うか考えることができません」 Malawians Move Towards a Digital Future(訳・ChatGPT)

デジタルトランスフォーメーション (DX) は、単に技術だけで達成できるものではない。昔、上司に対して「僕らが開発したソフトウェアプロダクトを、“AI”みたいな中身のないバズワードで宣伝するようなら、僕はこの仕事を辞めます」と言ったことがある。今となってはいささか稚拙で保守的すぎる発言に思えるが、僕はそれだけ大真面目に「一に『ひと』、二に技術」という考えの下で行動している。技術は単なるツールにすぎず、経済発展、教育、ジェンダー平等と社会的包摂、気候変動、ビジネスの持続可能性、幸福など、まずは世界・コミュニティ・顧客が直面している具体的な課題から議論を始めることが重要ではなかろうか。その上で、各施策に技術を "by design" で取り入れることが望まれる。

先述のICTAMカンファレンスの前日、ビジネス・インテリジェンス (BI) のワークショップを開催したのだが、そこでのメッセージも基本的には同様で、「『ひと』に焦点を当てよ」というもの。Power BIやTableauなど、ツール固有のハウツー情報は数多あれど、BIプロジェクト成功のカギはその前後、たとえばビジネスの理解、追いかけるべき指標の特定・デザイン、ユーザ(オーディエンス)とユースケースの深掘り、ダッシュボードの要求・要件定義と運用・保守などにある。この事実に向き合い、『ひと』(ユーザ)中心のアプローチでプロジェクトを推進しないかぎり、後に残るのは「使われないダッシュボード」ばかりである。

bi-workshop ▲ マラウイのビジネス・テック系人材に対してBIワークショップを進行する僕。プロジェクト/プロダクトマネジメント的な姿勢でBI開発に取り組むことの重要性を強調した。「極論、紹介したツールの使い方やデータ処理・分析のテクニックなんかは今は忘れてもらって構わない」

そのDXに、“手触り感”はあるか—?

そもそも、DX以前の取り組みに "Digitization" と "Digitalization" があり、僕はそれぞれを「アナログからデジタルへの移行」(“過去”の清算)と「デジタル化された環境でのプロセスと運用の最適化」(“現在”の変革)のフェーズであると定義する。では、"Digital Transformation" とは何か?それは“未来”の創造であると、僕は考える。文化的な変化を促進し、組織・地域が一体となってイノベーションに取り組むこと。そこに求められるのは、文脈(コンテクスト)の理解と適応、長期的な視点に基づく持続可能な施策、そして『ひと』と『ひと』をつなぐためのコミュニケーション、協調、協力である。

1. マラウイの人口統計や人々の暮らしぶりは『世界最貧国のひとつ・マラウイにおける「デジタル化」の実態は如何に』や『貧困、粗削りなインフラ、身近にある死─アフリカ・マラウイから考える、娯楽や幸福のかたち。』で書いた通り。
2. そんなICTの重要性に反して、DataPortalの最新レポート "Digital 2024: Malawi"では、マラウイのインターネット普及率は引き続き30%未満であると報告されている。なお、このレポートはITU(国際電気通信連合)のデータや統計に基づくもの。
3. インタビューは、先月主催したワークショップの場で行われた。最新レポート・"Digital Opportunities in African Businesses"の発行に合わせての特集である。
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最終更新日: 2024-05-27

  書いた人: たくち

たくちです。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は、主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。

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