過去のブログ記事の内容について時々メールをもらうのですが、カナダのビザや永住権関連でここにたどり着く方が一定数いらっしゃるようです。海外移住やそれに関する行政手続きって、どうしたって面倒ですよね。
2025年は僕自身も、海外で人生を前に進める上でインターネット(あるいはAIツール)の無力さに打ちひしがれた日々でした。身近に経験者や相談できる人がいたらどれだけ楽だったか……。主なイベントとしては次の通りで、「全く同じ境遇の人」など見つかるわけもなく、その過程でかなり広範なリサーチと不確実な判断を要しました。
| 年/月 | やったこと |
|---|---|
| 2023/08 - 2024/07 | カナダから派遣された国際ボランティアとして、世界最貧国のひとつ、マラウイで暮らす。この時期に知り合った現地人の女性と結婚を前提に交際。相手方の親族への挨拶を少しずつ進める。 |
| 2024/12 | パートナーを僕の親族に紹介するために、「知人訪問」目的の短期滞在ビザを取得して訪日。「外国の方式」による国際結婚に向けて、日本側の必要書類を準備。 |
| 2025/02 | マラウイで結婚。 |
| 2025/04 | 配偶者スポンサー制度(ファミリークラス)を利用して、パートナーのカナダ永住権をオンライン申請。 |
| 2025/08 | パートナーと共に二度目の訪日。結婚後の今回は「親族訪問」目的で短期滞在ビザを取得。日本滞在中に、東京にあるカナダビザ申請センターを介してCoPR(Confirmation of Permanent Residence)を取得し、4か月にわたる永住権申請プロセスを終える。 |
| 2025/10 | 諸々準備が整ったタイミングで、日本からカナダ・バンクーバーへ渡航。同月中に、当初より予定していた首都オタワへの引っ越しを実行。 |
そんなわけで、この1年間を振り返りつつ、個人的に「あったらよかったな」と思う情報をここにまとめておきます。
- 結婚にまつわるマラウイの文化
- マラウイの方式による婚姻
- 海外居住者が外国人パートナーの日本短期滞在ビザ取得をサポートする
- 配偶者スポンサーによるカナダ永住権申請
- カナダ移住直後にバンクーバーからオタワへ引っ越す
※専門家ではないので、あくまで一個人の体験談として参考にしていただければ。情報の正確性や普遍性は一切保証しません。
結婚にまつわるマラウイの文化
アフリカ最貧国での結婚と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
その実は、地域や民族によるところが大きい。マラウイ北部では夫が妻の親族に牛やヤギをまるっと数頭贈る慣習があったり、田舎に行くほど教会や村落ならではの伝統を重んじる雰囲気でやりづらいといった話も聞く。しかし僕らの場合は、関係者が多く、その一部に金銭(5,000円程度)を献上する必要があったことを除けば、顔合わせから公的な書類手続きまで至って「普通」のプロセスであったように思う。
その理由の一端は、パートナーの生まれ育ちが比較的都市部であったこと、親族がさまざまな理由で心理的・物理的に分断していたこと、そしてマラウイにありがちな「友人から親族まで、100人規模でゲストを招いての屋外結婚パーティー」はお互いに絶対にやりたくなかったことにある。
1年ほどかけて少しずつ進めた顔合わせでは、計50人以上に挨拶しただろうか。両親や兄弟姉妹といった近縁者に始まり、年長者や男性を優先しながら徐々に輪を広げて、最終的には父方のルーツである村の首長まで、踏むべきステップは予め決められていた。
10代での(父親不明の)妊娠・出産や、未婚あるいは離婚による片親世帯、若い年代の死なんかが当たり前なので、「家族」の定義はとても広い。生みの親も育ての親も義理の親も「Parent」だし、血が繋がっていようがいまいが皆「Brother」であり「Sister」である。それが同性の友達のパートナーであれば、彼らは親しみを込めて「ムラム!」(Mulamu;現地語で「義理の兄弟姉妹」の意味)と呼ぶ。ゆえに、「会うべき人」は増え続け、「通すべき義理」はどんどん重くなる。
一方で、「家族」が増えれば問題も増え、親族内でのいざこざは絶えない。ここは兄弟仲が悪い。あっちの家はこっちの家のことが嫌い。あそこには相続による根深い金銭関係のもつれがある。まぁその辺りは世界共通な気もするが、僕はこの温度感を読み違えてしばしば痛い目にあった。「なんであっちの家を優先したんだ」とか、「なんで証人があの人なんだ」とか、「なんでこっちの家の近くで結婚式を挙げないのか」とか。
そんな異国の地で一人ひとりに敬意をもって接し、「自分は無害である」と示すのは、なかなか骨が折れた。下手な採用面接よりも緊張感のあるシーンが多々あったことは書き添えておきたい。
他方、マラウイ人の視点で見た時に、「外国人と結婚する」ことにはどんな意味があるのだろうか。周囲の反応は、次のように大きく二分される印象だ。
パターン1、「おめでとう!これで勝ち組だね」。マラウイにおいて、金持ちと結婚する(あるいは関係を持つ)ことが貧困から抜け出すための近道だ、というマインドセットは未だ根深い。そして最低賃金が月収1万円未満のマラウイにおいて、程度の差こそあれ外国人は皆一様に「金持ち」である。したがって、外国人との結婚による勝ち抜けを目指して、感情を殺して虎視眈眈とチャンスをうかがう人々は少なくない。
パターン2、「本当に大丈夫……?」世界各地からの援助が集まる貧困国には、僕のように任期付きで滞在している外国人が多くいて、しかし全員が真っ当な倫理観を備えているとは限らない。結果として、現地人とカジュアルに肉体関係を持ち、そして時に妊娠までさせた上で、ある日突然消息を絶ってしまう不届きものがしばしば現れる。愛なくして浪費されるには、貧困国での一生はあまりにも短い。
僕の場合、パートナーの親族や友人の反応は完全に後者であった。特に年長者からは、言語の壁もあって警戒感がひしひしと伝わってきた。なので、ボランティア任期終了後にカナダへ帰国する際には、カナダ→マラウイの航空券を購入・印刷して、「この日のこのフライトで絶対マラウイに戻ってくるから」という証拠を残す必要があった。それでも、僕の不在中には周囲から「あの日本人、絶対に戻ってこないから、早く他の人探した方がいいよ」としきりに警告されたらしい。ひどい言われようである。
なんにせよ「郷に入っては郷に従え」である。現地の文脈理解に努め、それを尊重することの意義は、強調してもしすぎると言うことはない。
参考文献
マラウイの方式による婚姻
国際結婚(外国籍のパートナーとの婚姻)を実現するには、「日本の方式」か「外国の方式」のいずれかで婚姻をすればよい。ただし、日本人が外国の方式で婚姻をした場合、その事実を戸籍に反映するために、日本の在外公館あるいは本籍地の役所に事後報告をする必要がある。
「日本の方式」は良くも悪くもお役所仕事になるので、必要書類さえ揃えてしまえばあとは早いだろう。ただし当然日本語で申請することになるので、パートナーが日本語を理解できない場合、日本人側の負担は重くなる。そして忘れてはならないのが、2025年の日本において、未だ夫婦は同姓でなければならないという点。
「外国の方式」は……もちろん相手の国の言語、法律、慣習による。
僕らは次のような理由で、初めからマラウイの方式で、マラウイで結婚することを決めていた。
- 旧英国領であるマラウイの公用語は英語なので、最終的に英語で書かれた婚姻証明書が手に入る。これにより、世界各地のさまざまな場面で、翻訳不要で僕らの婚姻関係を証明することができる。
- マラウイ国内で日本の法律が要求する通りに必要書類を集めるのは、確実に高ストレスで時間がかかる。そもそも国内を移動することが一苦労だし、ハズレの役人を引くと手続きが(賄賂を払うまで)いつまでたっても進まないことだってある。こうした不確実な要素は少しでも排除したかった。
- 結婚によって姓を変えることを強制されるというのは受け入れ難い。僕のパートナーはむしろ僕の姓に変えたがっているけれど、それは能動的選択によってなされるべきだと僕は思う。マラウイでは結婚の前後で公的書類の姓に変更はなく、しかし変えたければ後日変更も可能であるらしい。
では、「マラウイの方式による婚姻」とは具体的にどのようなものか?
これがなかなか難しい。パートナーの親族を中心に助言を求めたのだが、聞いた人の数だけ違った答えがあって途方に暮れた。教会で宣誓をすれば十分だという人もいれば、役所の介入が必要だという人もいる。村の首長のお墨付きが必要だと説かれた次の日には、裁判所で手続きをするのだからと弁護士を紹介される。「あなたが結婚した時にはどうしたの?」と聞けば済みそうなものだが、マラウイにおいて婚姻は社会的儀式の意味合いが強く、あまり参考にならない。事実婚状態の人もいれば、証明書の類なく「式を挙げた」「(両親や首長、神父など)ステークホルダーに認知されている」といった事実を重視する人の方が圧倒的に多い印象だ。
右往左往すること数週間、最終的には、マラウイで国際結婚をする場合の「正解」は一つだと僕は結論づけた。それは、Registrar General's Officeと呼ばれるマラウイ政府管轄の登記所で結婚を申請し、21日間の公示(異議申し立て)期間を経て、宣誓式を挙げるというもの。結婚に対して政府のお墨付きが得られるので、婚姻証明書は国際的に問題なく通用する。教会や首長が発行した宗教的・伝統的な婚姻の事実を示す書類を認める国も一部あるが、国(政府)と比べてしまうと、その効力や有効範囲が劣ることは想像に難くない。
登記所での宣誓式には夫・妻それぞれの証人1人ずつと、呼びたいだけの聴衆を呼ぶことができる。全員が正装で、指輪交換も行う。お菓子とドリンクも用意され、ちょっとしたパーティのような雰囲気になる。ただ、先述の通り僕らはできるだけ静かに結婚してしまいたかったので、ゲストは最小限の親族と友人に留めた。僕の証人は現地人の友人にお願いした。
婚姻に際して日本・外国いずれの方式においてもほぼ確実に必要となるのは、(日本の方式であれば外国人側の、外国の方式であれば日本人側の)国籍所有国において法的に婚姻可能な年齢・ステータスであることを証明する書類(=独身証明)だ。日本では「婚姻要件具備証明書」、英語では「Certificate of No Impediment」などと呼ばれる。マラウイの方式での婚姻にあたり、僕も日本に一時帰国した際にこれを準備した。
- 本籍地の役場で戸籍謄本を取得する。
- 近場の法務局へ行き、戸籍謄本を元に婚姻要件具備証明書を作成してもらう。証明書には婚姻予定の相手の国籍、氏名、生年月日、性別が記載されるので、予め正確な情報を控えておくこと。僕はアポ無しで長野地方法務局を訪れて、即日15分程度で作成してもらえた。
- 婚姻要件具備証明書の英語翻訳(=Certificate of No Impediment)と宣誓書を自分で作成し、法務局・外務省のワンストップ認証サービスを提供する都内の公証役場で公証(Notarization)とアポスティーユ(Apostille;日本やマラウイを含む、ハーグ条約締結国間で公文書の真正性を示すもの)を取得。ただし、これらは翻訳の内容を保証するものではなく、国によっては翻訳者・フォーマットが指定されている場合もあるので要確認。
晴れてマラウイの方式で婚姻が成立したら、あとは婚姻証明書の原本を持って在マラウイ日本国大使館を訪れ、婚姻届を提出するのみ。付きっきりで婚姻届の作成をサポートしてくれた大使館の方曰く、「私がここで最後に婚姻届を受けたのは、2年前とかですね」とのこと。日本人とマラウイ人の結婚は、頻度こそ低いが「なくもない」話らしい。
なお、本件に限らず、大使館の皆さんにはマラウイ滞在中とても親切にしていただき、感謝してもしきれない。
参考文献
- When you want to get married in Germany
- Marriage, Divorce and Family Relations Act
- 国際結婚、海外での出生等に関する戸籍Q&A - 法務省
- 日本人の婚姻要件具備証明書(独身証明書)取得方法
- 婚姻要件具備証明書の英語翻訳と公証役場の認証
海外居住者が外国人パートナーの日本短期滞在ビザ取得をサポートする
結婚前後でこれまでに二度、パートナーと一緒に訪日した。
2025年現在、マラウイのパスポートで日本に入国するためには、理由によらずビザの取得が必要となる。僕らが必要だったのは短期滞在査証で、渡航目的(商用、親族・知人訪問、観光)に応じて異なる提出書類を添えて、在マラウイ日本国大使館で申請者(パートナー)本人が直接申請する必要があった。
ここで障壁となるのが、「渡航費用支弁能力を証するいずれかの書類」。貧困国マラウイにおいて、日本への往復航空券と数週間の滞在費用を賄えるだけの資金力がある個人はそう多くない。僕のパートナーも例外ではなく、安定した給与収入などないし、そもそも有効な銀行口座の一つも持っていなかった。
この場合、日本側で渡航費用を負担してくれる身元保証人を立てて、「観光」以外の理由で査証を申請することになる。そして申請には保証人の住民票が求められるので、僕のような海外居住者は保証人になれない。
というわけで、日本に暮らす僕の弟に事情を説明して保証人になってもらった。特別要求されない限り提出書類が原本である必要はないので、取得した住民票や課税・所得証明書をスキャンしてデータで送ってもらい、マラウイで印刷したものを提出した。
2024年12月、最初の訪日はパートナーを僕の親族に紹介するためのものであった。結婚前なので渡航目的は「知人訪問」とし、「関係を証する書類」としてパートナーと弟(招へい人・保証人)の間でのLINE上のやり取り・ビデオ通話のスクリーンショットを添付した。
3週間ほどの滞在で日本文化の一端に触れてもらいつつ、親族にパートナーを紹介した。みんな驚きながらも好意的に迎えてくれて、ありがたい限り。僕の両親は以前から「できることなら日本人と結婚してほしい」などと言っていたが、そこは理詰めで対抗して黙っていただいた次第。それに、実際に会ってみると「案外これも悪くないか……」と思うこともあるでしょう。
2度目の訪日は結婚後の2025年7月〜10月、短期滞在ビザの上限90日をほぼ使い切ってゆっくりと過ごした。今回は僕とパートナーの婚姻の事実が記載された戸籍謄本(写し)を「関係を証する書類」として提出し、「親族訪問」目的での渡航となった。真夏でとても暑くて参ったけれど、パートナーは未だに「日本に帰りたい」「日本に住みたい」などと言うほど気に入ったようなので、行ってよかったと思う。
ちなみに「日本人と結婚したのなら、パートナーは配偶者ビザで日本に来れるのでは?」と思うかもしれないが、在留資格「日本人の配偶者等」は配偶者と共に日本で生活する場合にのみ適用されるようだ。提出書類にも「配偶者(日本人)の住民票」とあるし、僕のように住民票を抜いて海外で暮らす日本人の配偶者が利用できるものではない、という理解。もちろん、いずれ日本に拠点を移すことがあれば、その時はこのルートを検討する。
参考文献
- Japan Visa Information - Embassy of Japan in Malawi
- 海外在住中に交際相手と一時帰国するための短期滞在ビザ取得方法
- 短期滞在ビザの航空券の予約確認書について行政書士が詳しく解説(提出書類「利用予定の航空便又は船便が記載された書類」に関してだが、ビザ手続きにまつわる細部の運用は在外公館ごとに異なるということがわかるので、不明な点は最寄りの在外公館に直接問い合わせるのがベター)
- 海外在住夫婦が配偶者ビザを取得するための5つのポイント
配偶者スポンサーによるカナダ永住権申請
国際結婚をするなら避けては通れない「どちらの国に住むか」という問題がある。僕は日本、パートナーはマラウイ――それぞれに親族や親しい友人が暮らしており、大切な人たちからあまり離れたくないというのが本音だ。同時に、生活コストや文化、保安、健康、社会保障、雇用・ビジネス機会など、実際的なメリットとデメリットを天秤にかける必要がある。
さらに、カナダ永住権を持っている僕の場合、「第三の選択肢」も考えられる。もっと言えば、少なくとも先一年以内に拠点を移すつもりはないので、結婚後もカナダに住み続けたいという思いが強い。特にデジタル格差・包摂といった問題について、もう少しカナダで、カナダの目線で挑戦したいのだ。
パートナーは「まぁ一緒に暮らせたら正直どこでも……」といった様子だったので、じゃあ一度一緒にカナダで暮らしてみよう、ということになった。お互いにマラウイと日本の暮らしをある程度体験した今、カナダで1年くらい過ごしてから「じゃあ5年、10年先を見据えて、中長期的にどこに住みたい?」という話をしたって遅くはないはずだ。
そうと決まれば話は早い。マラウイで結婚してからすぐに必要書類を集め始めて、その2か月後には配偶者スポンサー制度(ファミリークラス)を利用してパートナーのカナダ永住権をオンライン申請した。申請書類の作成にあたり、特に印象的だったものをいくつか挙げておく。
- Additional Family Information (IMM 5406):パートナーの両親と兄弟姉妹全員について、本名と生年月日を書く。先述の通りマラウイでは「家族」の定義が幅広いので、どこまでが正しく「Siblings」なのか(=誰をリストに含めるべきか)、確認に確認を重ねて慎重を期した。
- Use of Representative (IMM 5476):配偶者である僕自身が代理人を務め、すべてのペーパーワークを自力で行なった。結婚に至るまでの過程やマラウイの文化・慣習が独特なので、それを弁護士にゼロから説明するくらいなら自分でやった方が早いという判断。
- Relationship Information and Sponsorship Evaluation (IMM 5532):Part C、設問11 "Is there more information you wish to share to support your relationship?"(通称「ラブストーリー」欄)に、二人が出会ってからの記録を事細かく記述した。特に、僕がボランティア任期を終えてカナダに帰国した後、どのようにして関係を育み、結婚に至ったのかの説明に文字数を割いた。
- Birth Certificate(パートナーの出生証明書):マラウイで国民ID(マイナンバー)を管理している機関が発行してくれたのだが、登録されていたパートナーの名前や生年月日にエラーが見つかり、これを修正するのに1週間程度を要した。いかんせん政府や病院の管理するデータがガバガバなので、常に疑いの目を向けて内容を検証する必要がある。苗字に余計なアルファベットが一文字付いているとか、誕生日が1年ズレているとか――マラウイでは「取るに足らない誤差」かもしれないが、第三国への提出書類としては絶対にアウトだろう。
- Marriage Certificate(婚姻証明書):言わずもがな。提出書類チェックリスト(IMM 5533)に "proof that your marriage is legally registered with governmental authorities in the jurisdiction where it took place" との記載があり、政府のお墨付きを得た婚姻の必要がある。周囲の意見に流されて教会とかで結婚を済ませなくてよかった……。
- Police Certificate(パートナーの犯罪経歴証明書):マラウイでは、首都リロングウェのエリア30にある警察本部でのみ取得可能。マラウイ人本人がマラウイのパスポートを持っていって申請を行う。アポ無しで行って、30分程度の待ち時間で発行してもらえた。
- Proof of Relationship to Sponsor(スポンサーとの関係の正当性を証明する書類):再婚であったり、結婚2年未満であったりすると、写真や金銭的支援の記録、親族が二人の関係を認知していることの証明などを追加で提出する必要がある。偽装結婚による移民を防ぐためだろう。出会ってからの思い出の写真を上限の20枚までびっしりまとめて、結婚報告をしたWhatsAppメッセージやLINEビデオ通話のスクリーンショットと合わせて提出した。
なお、マラウイで発行される証明書はすべて英語で記載されているので、翻訳の手間が省けた点は良かった。
オンライン申請からCoPR(Confirmation of Permanent Residence)が手元に届いてカナダに渡航できるようになるまでは、計4か月弱かかった。
| 2025年/月/日 | ステータス |
|---|---|
| 04/18 | オンライン申請完了 |
| 05/08 | 申請を受理しましたよ、という通知をメールで受け取る(Acknowledgement of Receipt;AOR) |
| 05/13 | 最寄りのビザ申請センターでバイオメトリクス(指紋および顔写真)を取得・提出せよ、との依頼が届く(Biometric Instruction Letter) |
| 05/22 | 僕がパートナーの永住権申請のスポンサーになることが認められた(=書類に不備はなく、基本要件をクリアした)という「Eligibility」通知が届く |
| 06/10 | 南アフリカ・ケープタウンのビザ申請センター(VFS Cape Town)で指紋・顔写真の採取を終える;同日中に、移民向け健康診断受診のお願いが届く(Medical Examination Instructions) |
| 06/24 | 南アフリカ・ケープタウンにいるIRCC認定医のところで健康診断を受診する |
| 07/24 | パスポート提出依頼(RFV Letter)が届く |
| 08/01 | 滞在中の日本国内から、東京のビザ申請センター(VFS東京)経由でパスポートを最寄りのビザオフィス(フィリピンのカナダ大使館)へ送付 |
| 08/07 | 移民ビザが添付されたパスポートとCoPR(Confirmation of Permanent Residence)がVFS東京に戻ってきて、即日僕らの元(滞在先の長野の実家)へ返送された |
申請時点では12か月かかるという見積もりだったので、かなりスムーズに進んだなというのが正直なところ。
カナダ政府にとって、それだけFamily Reunification(僕らのように国境を越えて離れ離れで暮らしている家族に、1日でも早くカナダで一緒に住んでもらうこと)の優先度が高いということだろうか。移民の急増を抑制する動きが目立つ昨今のカナダにおいて、難民やファミリークラスのような「必要最低限」の申請に割くことができるリソースが増えたという見方もできるだろう。あるいは、処理の大半は申請者の居住地に近いビザオフィス(カナダ大使館)で行われるようなので、マラウイを管轄する南アフリカ・ヨハネスブルグにあるビザオフィスが良い仕事をしてくれたのかもしれない。
まあ、その辺りは考えても仕方のないことだろう。RedditやCanadavisa.comなどのオンラインフォーラムで随時情報を集めていたけれど、みんなが一様にスムーズに進んでいるわけでもなく、結果はさまざまな要因に左右されるようだ。つまり、実際にどれだけの時間を要するのかは「わからない」。余裕を持って申請をして、気長に忍耐強く待つことが大切だ。
ちなみに、マラウイから申請し、バイオメトリクス取得と健康診断を南アフリカで行い、パスポートを日本で提出するという越境ぶりであったが、これは全く問題にならなかった。IRCC認定医やVFSのグローバルネットワークは本物で、文字通り「世界中どこでも」対応してもらえるようである。
参考文献
- Spousal Sponsorship - Hit Submit & Canada
- パスポート、その他書類の提出 - VFS Global
- Super fast spousal sponsorship timelines now?
- Can we submit passport for stamping to a different VAC and country?
カナダ移住直後にバンクーバーからオタワへ引っ越す
僕はカナダに移住してから5年弱、ずっと西海岸・バンクーバーを拠点に活動してきた。これまで世界40カ国以上を訪れてもなお、この地の魅力は僕を惹きつけて離さない。しかし新規移民(Newcomer)であるマラウイ人のパートナーと暮らす上では、バンクーバーを選び続けるにはどうしても決め手に欠けた。
- 人種多様性に見られる偏り;2021年国勢調査結果に基づく「Municipal Diversity Dashboard」で、トロントとバンクーバーを、特にAfrican originsとCaribbean originsについて比べてみよう
- 秋冬のどんよりとした空と雨の多さ;冬の南アフリカ・ケープタウンで1か月ほど一緒に過ごした時、似たような気候でパートナーはだいぶ参ってしまっていた
- 良くも悪くも、大都市である;家賃は高いし、競争が激しくて生活は忙しいし、コミュニティへの帰属意識を育むのは容易ではない
要するに、コミュニティの一員としてどれだけ精神的に居心地の良い日々が送れるか、ということだ。
何を優先するかは人それぞれだし、世界中どの場所も一長一短なのでこれ以上の議論は避けるが、僕らは最終的に次のような理由で首都オタワを居住地に選んだ。
- マラウイ滞在中に知り合った他のカナダ人ボランティアの多くがオタワから来ていて、すでにオタワに「友人」と呼べる人が複数いたこと
- 家賃相場がバンクーバーやトロントよりも安いこと
- 以前訪れた時の印象と、人づてに聞いた話から、成熟したアフリカンコミュニティがあると確信したこと
- 政府機関や非営利団体が多くあるので、貧困・格差といったグローバルな社会問題を考える上で良い環境であること
- あるミーティングの場で知り合ったカナダ人に「子どもを育てて家族で暮らすなら絶対オタワだ」と説かれたこと
バンクーバーからオタワへの引っ越しにあたり、僕はService Ontarioで健康保険証、DriveTestで運転免許証を切り替えた。「居住開始から3か月間は申し込めない」という制約が撤廃されたので、オンタリオ州の健康保険への切り替えは即日可能。BC州の保険については、適当なタイミングで引っ越しを通知すること。免許証の切り替えには、念のためICBCから取得した運転経歴証明書(Driving Record)を持っていったけど、結局使わなかった。
パートナーは、バンクーバーからカナダに入国して(=正式に「永住者」として認められて)から、滞在わずか数日でオタワに引っ越すこととなった。永住権申請書類の中に「カナダのどこの州・市に住む予定か」を記入する箇所があり、当時は僕の拠点であるバンクーバーを指定していたが、その通りにはならなかった形だ。
しかし「どこの州でも自由に引っ越し、暮らすことができる」ことはカナダ市民・永住者の持つ基本的な権利なので、問題はないとの理解。カナダ入国の翌日にバンクーバーのService CanadaでSocial Insurance Number(SIN;社会保険番号)を発行したが、その時には「住所変更の際の通知は不要だからね。極論、明日トロントに引っ越しちゃっても問題ないよ」と冗談半分で言われたほどだ。ただし、Provincial Nominee Program(PNP)などで特定の州での居住・労働にコミットしている場合は事情が異なるようなので要注意。
唯一の問題は永住権(PR)カードの受け取り。入国時、空港での最終審査のタイミングで「PRカードを送る住所」を尋ねられるのだが、その時点でパートナーは「オタワに住むとは決めたけど、どこに住むか(住所)は決まっていない」という状態。というわけで、バンクーバーの僕の旧住所を指定し、カード届いたタイミングで家主にオタワへ転送してもらう必要があった。
首都オタワ、寒くて雪もよく降るけれど、晴れ間が多いので精神的にはバンクーバーの冬よりも楽である。家賃は、バンクーバー時代と同じくらいの広さの1ベッドルームアパートで、ジム、プール、サウナまで付いてきて尚、月300ドルくらい安くなった。ねらい通り、元ボランティア仲間やマラウイ人コミュニティには随分助けられていて、「つながり」による満たされ度も高い。
これからの日々、そしてこの地で仕事を作っていくのが、今はとても楽しみである。
参考文献
- Moving to another province after becoming a permanent resident
- Moving to Quebec after landing in Ontario as a PR thru express entry.
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最終更新日: 2026-01-03
書いた人: Takuya Kitazawa(たくち)
長野県出身、カナダの首都・オタワを拠点に活動するデジタル戦略アドバイザーです。10年以上にわたりB2B/B2Cの各領域でWeb技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティングに携わってきました。現在は独立し、アフリカ・アジア・北米の企業や個人を対象に、テクノロジー戦略の策定・実装をお手伝いしています。アフリカのマラウイでは現地企業のICTディレクターとして、デジタル・トランスフォーメーションを推進。詳しい経歴はCV を参照ください。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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