『デザインエンジニアになろう』で紹介した書籍『イノベーション・スキルセット~世界が求めるBTC型人材とその手引き』に書かれている話のひとつにセンスとは、眼の前の物事に対してYes/Noとジャッジをしていくことだというものがある。いわく、デザインに精通したビジネス/テクノロジー人材を目指すための第一歩は、このジャッジの機会を意識的に自らに課し、自分の好き嫌いを鮮明に把握することにあるのだという。
そのように定義された「センス」を磨くための練習法として紹介されているのがふせんトレーニングというもの。やるべきことは単純で、オリジナルの説明を引用すると以下の通り:
- 赤・青・黄の3種類の小さいふせんを準備する
- デザイン系の雑誌や写真集を買ってくる
- 自分がいいと思うものに青、ダメだと思うものに赤、どちらでもない、もしくは、よく分からないものに黄のふせんを貼る
最終的に「センスの無さ」、つまり「ジャッジのできなさ」を黄色のふせんの量で測ることができるというわけだ。
この“能動的インプット”とも言える取り組みは『三色ボールペン情報活用術』に通じるものがある。文字を単に視覚的に捉えるのではなく、三色ボールペンを片手に、エッセンスを確実に拾い上げるつもりで積極的に情報と向き合うこの営み。読書のときには、本質的かつ最重要な記述には赤、それを補助する大切そうなポイントには青、主観的に興味を惹きつけられた場所には緑の線を引きながら、センテンスに対して「ジャッジ」を繰り返していくことになる。
これは僕がここ数年ずっと実践している本の読み方であり、馴染みがある。というわけで、ふせんを三色ボールペンに置き換えた三色ボールペントレーニングを実践してみようと思い立ったのがお正月休みのこと。たまたま書店に並んでいたデザイン雑誌『デザインノート No.88』を買い、掲載されている写真や図案について、良いと思うものを青、悪いと思うものを赤、よく分からないものを緑のボールペンでマーキングしながら読み進めた。
デザインノート No.88は『ブランディングデザインの成功法』特集。一流デザイナーたちがデザインしたブランドロゴが豊富に掲載されており、ジャッジしがいがあった。
始めてみると、すぐに自分の好き嫌いの傾向・類似性に気がつく。案外緑は少ない。いいぞ。そして、“好き”の傾向はデザインの「簡素さ」「機能美」「統一感」やフォントそれ自体に依存していそうだ、という掘り下げた分析ができた。その一方で、“嫌い”の正体がうまく掴めていないことを痛感した。なぜ嫌いなのか、がうまく説明できないのだ。
ふせんトレーニングの真価はこのようなジャッジ後の思考フェーズにある。それは“好き”と“嫌い”の正体を分析することであり、自分にとって“嫌い”や“どちらでもない”だったデザインについて、「どうすれば“好き”になれるか?」と改善案を自問すること。残念ながら、僕はまだこのレベルには達していないようだ。練習あるのみだろう。
また、ジャッジの粒度にも難しさを感じた。現時点ではそれぞれの図や写真、一枚一枚についてジャッジするのが精一杯。しかしセンスが磨かれると、ひとつの対象物について「ここは青(好き)だけど、このパーツは赤(嫌い)」のようにより細かな粒度でのジャッジが可能になるに違いない。粒度が上がれば、分析もより一層捗りそうなものである。
デザインノート No.88のコンテンツに関して言えば、スポーツロゴのデザインはジャッジが特に難しかった。なんでだろう?モチーフが身体性を伴う身近なものだからだろうか。安直とも言えてしまうデザインは、一種の“気持ち悪さ”を覚えつつ、モヤモヤとした気持ちで緑のジャッジを下さざるをえなかった。
このように、最初の一冊でこれほどの気付きがあったことは喜ばしい。練習を積み重ねて、紙面でなくても、ボールペンやふせんが手元になくても、世の中の様々なモノについてジャッジ・分析・改善案の提案が自然にできるようになってやろう。
ちなみにデザインノート、今回トレーニングのために初めて買った雑誌だったので何も期待していなかったのだけど(失礼)、インタビュー記事も非常に濃厚で、一冊まるっと十二分に楽しむことができた。定期購読してもいいかもしれない。
ブランドデザインとは、ブランドの経営、ビジョン、歴史を翻訳、可視化する営みである。それは、ブランドの問題抽出からはじまり、伝えるべきストーリーを組み立て、プロトタイプ&デザインのちからで解決策を生みだしていく一連のプロセスを指す。デザイナーにはブランドの背景や歴史、経営戦略の確かな理解を持つことが要求され、圧倒的な情報収集能力とアイディアを生み出す力を備えていなければならない。これを実践しているデザイナーのインタビュー記事には大変刺激を受けたので、思わず『How to Produce Ideas』でも言及したほどだ。
究極的には、一貫性を持った“ブランドストーリー”を伝えるデザインを起こすことが課題であり、そのアイコン・アイデンティティは時間の経過に耐えうるものでなければならない。デザインのストーリー性とその価値、これは『ストーリーを伝えられないプロダクトの虚しさ』でも述べたとおりだ。
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書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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