"Real-world machine learning" に携わるために就職して早3年。これまでの仕事を一言で表現すれば「顧客への機械学習/IoTソリューションの提供とそのプロダクト化」だろうか。
幸いある程度の客観的な評価、成果を得た仕事もあって、入社当初の目標は着々と達成されているように思う。しかし、何かアウトプットをするたびに感じていたコレジャナイ感や無力感というものが同時にあって、ここ半年くらいずっとその正体を探していた。
『ストーリーを伝えられないプロダクトの虚しさ』ではその原因の一端をストーリー性の欠如に見た。ではそのストーリーをプロダクトに昇華するとき、僕ら開発者は具体的に何ができるのか。
この問いに対する答えが、書籍『イノベーション・スキルセット~世界が求めるBTC型人材とその手引き』で語られるデザインエンジニアリングという考え方だ。
一口にデザインと言っても、その仕事は「課題解決のためのデザイン」と「スタイルやブランドをつくるデザイン」に大別される。曰く、デザインエンジニアとはテクノロジー視点とユーザ視点の両方を行き来して、プロトタイピングを駆使した「課題解決のためのデザイン」を行う存在を指す。
昨今の生まれては消える無数のサービスが示すとおり、ユーザ視点の欠如と不十分なプロトタイピングによってもたらされる自己満足的”使われ続けない”プロダクトのなんと多いことか。この3年間の経験も踏まえて、いま現場に本当に必要なのはデザインエンジニアの存在だったのだ!と僕は声を大にして言いたい。
ユーザに支持されるプロダクトを作る
サブスクリプション型ビジネス全盛の近年、作ったものを一度買ってもらうことだけでなく、それを長く使い続けてもらうことが重要だ。
真に使い続けられるプロダクトとは、僕たちの日常に、世の中に、当たり前のものとして浸透するものを指す。その点において、人(エンドユーザ)とプロダクトの背後にあるテクノロジーをシームレスにつなぐー本書では「テクノロジーの気配を消す」と表現されるー行為、それこそがデザインの本質的役割ということになる。
特に、機械学習や IoT のような高度かつ複雑化したテクノロジーは、その存在を感じないほどに魅力的な体験を提供するデザインが強く求められる。十分に発達した技術は魔法と区別がつかないと誰かが言ったが、デザインの存在無くして魔法は唱えられない。いや、デザインこそが魔法の正体なのではなかろうか。
一例として、SaaS Plus a Box という、SaaS に完成度の高いハードウェアをくっ付けて売るというビジネスモデルが紹介されている。Google Home のようなスマートスピーカーとアプリや音楽ストリーミングサービス、Play Station のようなゲーム機とゲームソフトのオンラインサブスクリプション、エアロバイク PELOTON とそのオンライントレーニングコースなどだ。ポイントはハードウェアの完成度が高い点にあり、とってつけたような中途半端なデバイスは誰も欲さない。
このような観点から、本書では Product, Price, Place, Promotion から成るマーケティングの 4P という考え方に Customer Experience を加えた 5P の重要性を説いている。スイッチングコストも低く、無数の類似プロダクトが市場に出回る昨今、もはやデザイン抜きではユーザに支持されるプロダクトを作ることができないのだ。その事実は、あのアクセンチュアがデザインファームを立て続けに買収したことからも見て取れる。
優れたビジネスモデル、そして優秀なエンジニアとデザイナー。どれ一つをとっても、それ単体からは真に価値のあるプロダクトは生まれ得ない。スタートアップに必要とされる3つの役割「ハスラー」「ハッカー」「ヒップスター」の話もここに通じるのだろう。
では経営層、エンジニア、デザイナーを総動員して協力すれば良いものができるのかというと、そんな単純な話でもない。
BTC型イノベーション人材の価値
「組織内のイノベーション人材とオペレーション人材の理想的な割合は 1:8 である」と本書で語られているように、アイディアからその具体化、社会浸透までを一挙に担うイノベーターの数はごく限られているのが一般的だ。
プロダクトを販売したり運用したりするオペレーション人材に軸をおかねば、ビジネスそれ自体がスケールせず立ち行かなくなってしまう。一方で、新たな“使い続けられる“プロダクトを生み出すイノベーション人材無くして新陳代謝は促されず、トレンドや真の顧客ニーズを捉えそこねて競合に追い越されるという未来が容易に想像できる。
ゆえに、限られた人的リソースの中でイノベーションを起こすことのできる、Business, Technology, Creativity のスキルを兼ね備えたBTC型人材の存在が不可欠となる。冒頭に挙げたデザインエンジニアはこのうちTとCを兼ね備えた人材ということになる。
BTC型ハイブリッド人材は、軸足を己の専門分野に起きつつも、組織内での他分野との相互作用によって新しいものを自らデザインし、実装する力を持っている。
その仕事はデザイン思考で言うところの観察→課題定義→仮説構築→プロトタイプ作成→検証というステップの繰り返しに相当し、仮説の精度を上げながら自力でプロダクト開発を推進する。
おや、これはプロダクトマネージャーの仕事では?と思うかもしれない。しかしプロダクトマネージャーという存在について詳細に記された良書『Inspired: 顧客の心を捉える製品の創り方』(初版)では、プロダクト開発におけるユーザエクスペリエンスの重要性を繰り返し主張しながらも、エンジニア、デザイナー、プロダクトマネージャーはあくまでそれぞれ別の役割として登場している。
その点デザインエンジニアは、エンジニア的でありながらもデザイナーおよびプロダクトマネージャーの仕事も担う、ジェネラリスト的存在だと言える。そして何より、『イノベーション・スキルセット』の定義によればプロダクトマネージャーはオペレーション人材にあたる、というのが個人的な理解だ。
さて、ではどうすればデザインエンジニアになれるのか。“デザイン”と言うが、絵が下手でも大丈夫なのだろうか?
デザインエンジニアになるために
僕らエンジニアがデザインエンジニアになるための第一歩は「デザインに理解の深いエンジニア」を目指すところにある。
その時に何より重要なのがプロトタイピングスキル。すなわち、アイディアを試作に昇華してユーザにぶつける(ユーザリサーチ)までのプロセスを、自分自身で実行できるようになることだ。
あなたの抽象的な考えは言葉だけでは伝わらず、検証された具体的なプロトタイプの存在しないプロダクトはもれなく失敗する―このことを肝に銘じてプロダクト開発に臨まなければならない。
また、課題解決のためのデザインだけでなく、ブランドやスタイルを扱うクラシカルデザインに目を向けることも大切だ。この分野は「センス」の一言で片付けられてしまいがちだが、本書ではセンス=眼の前の物事に対してYes/Noとジャッジをしていくことだと、すごくシンプルな定義をしている。その上で、自身の好き嫌いを鮮明に把握し「センス」を養うためにできる練習法が紹介されている。
デザインに対する理解を深め、それをプロトタイピングに反映する。方法論は世の中にたくさん出回っているのだから、あとはそこから学び、実践あるのみだろう。
あまり具体的に書いてしまうと転載の域に達してしまうので自重するが、『イノベーション・スキルセット』ではこういった非デザイナー向けの実践的な内容にも十分にページが割かれていてとても良い。
雑感
最近はエンジニアのようなプロダクトマネージャーのようなふわふわとした仕事をしていたこともあり、本書でデザインエンジニアリングという考え方を知ったときは目からウロコだった。僕が担っていた役割はまさにデザインエンジニアのそれで、しかしそうとは知らず、随分と遠回りをしていたものだ。
BTCとは自分の専門性やコンフォートゾーンから連続的に逸脱を繰り返す行為であり、それを楽しめるエンジニアにとって、デザインエンジニアとは素晴らしい選択肢なのではなかろうか。
ジェネラリスト、ハイブリッド、フルスタック・・・聞こえは良いが、その役割を適切に把握した上で立ち回らなければただの器用貧乏キャラになりかねない。その点、ずっと抱えていたモヤモヤを本書がズバリ言語化してくれたことは、僕にとって非常に大きな意味をもっている。ありがとうございました。
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書いた人: たくち
Takuya Kitazawa(たくち)です。長野県出身、カナダ・バンクーバー在住のソフトウェアエンジニア。これまでB2B/B2Cの各領域で、Web技術・データサイエンス・機械学習のプロダクト化および顧客への導入支援・コンサルティング、そして関連分野の啓蒙活動に携わってきました。現在は主に北米(カナダ)、アジア(日本)、アフリカ(マラウイ)の個人および企業を対象にフリーランスとして活動中。詳しい経歴はレジュメ を参照ください。いろいろなまちを走って、時に自然と戯れながら、その時間その場所の「日常」を生きています。ご意見・ご感想およびお仕事のご相談は [email protected] まで。
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